2026年9月24日木曜日

良かったほうが先に消えた — JD-990とJV-1080、そしてボード1枚の値段

中古市場でこんな光景を見たことがあります。ラックの音源モジュールが2万円ほどで出ている横で、その機械に挿す拡張ボードが1枚3万円で別に売られていました。

本体より部品のほうが高い。しかもその部品は回路ではなく、8MBの音の塊でした。

そこに至るまでに30年かかっています。始まりは1年のあいだに出た二台の機械です。

① 1993年と1994年 🎚️

1993年、ローランドがJD-990を出します。価格はアメリカで2,195ドル、イギリスで1,445ポンド。名前に「Super JD」が付いていて、先に出ていたJD-800というシンセサイザーのラック版のように紹介されました。

正確にはラック版ではありませんでした。機能が増えすぎてJD-800とプリセットの互換がないのです。同じ名前を使う別の機械に近い。

翌1994年、同じ会社がJV-1080を出します。2Uラックに収まる音源モジュールで、通称は「スーパーJV」でした。

二台が1年違いで出ました。そして30年後、片方は収集家が探す物になり、もう片方は2万円台で転がっています。

転がっているほうが当時勝った側です。

ローランド JV-1080。90年代のスタジオラックでいちばん見かけた顔です

ローランド JV-1080。90年代のスタジオラックでいちばん見かけた顔です / 出典: Matt Perry / CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

② JD-990は何を多く持っていたのか 🔬

スペックを並べるとJD-990のほうが見劣りします。

🔹 同時発音 24ボイス(JV-1080は64)

🔹 パート 7 + ドラム1(JV-1080は16)

🔹 ウェーブROM 6MB・195波形(JV-1080は8MB)

🔹 拡張ボード 1枚(JV-1080は4枚)

数字だけ見れば勝負になりません。ところが数字に出ないところにJD-990の中身がありました。

🔹 リングモジュレーション — 二つのオシレーターを掛け合わせて金属的な倍音を作ります。鐘やガラスのような音はここから出ます

🔹 オシレーターシンク — 片方の波形がもう片方を強制的にリセットします。裂けるようなリードの正体です

🔹 FXM(周波数クロスモジュレーション) — 波形同士で周波数を揺らして、不協和に近い倍音を乗せます

🔹 直列デュアルフィルターのストラクチャー — フィルターを二段重ねて使います。代わりにポリを2つ消費します

🔹 マトリクスモジュレーション — 何が何を揺らすかを自由につなげます

🔹 アナログフィール — 波形にごく微細なピッチの揺れを加えます。昔のアナログシンセの不安定さを真似た機能です

🔹 LFO波形にサイン・台形に加えてカオスが入っています

🔹 ステレオ4系統、つまり追加4アウト

ローランド JD-990。同じ会社が1年早く出したほうです

ローランド JD-990。同じ会社が1年早く出したほうです / 出典: Matt Perry / CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

整理するとJD-990はサンプルを再生する機械ではなく、サンプルを材料に使うシンセサイザーでした。PCMをオシレーター扱いして、その上で合成をやる構造です。

その結果が今も語られるパッドとフィルターの音です。フェイスレス〈Insomnia〉で曲を引っ張るあのピチカートのフックもJD-990から出ています。プロディジー、アポロ440、ATB、クラウス・シュルツェ、ヴァンゲリスがこの機械を使いました。

③ ところが市場は1080を選んだ 📈

JV-1080は正反対の設計でした。

🔹 64ボイス16パート — 曲ひとつをこの一台で覆えます

🔹 32ビットRISCプロセッサ66MHz駆動

🔹 8MBの中に448のサンプル — 生楽器、ベース、パッド、リード、オルガン、コーラス、ドラムキット

🔹 パッチひとつにトーンを4つ重ね、トーンごとにフィルター・エンベロープ・エフェクトを別にかけます

🔹 拡張スロット4つ、全部埋めると42MB

合成の構造は単純でした。トーンあたりのフィルターが12dB/octの一種類だけで、JD-990にあったリングモジュレーションもオシレーターシンクもありません。

それが問題になりませんでした。人がこの機械に求めたのは音を削ることではなく、すでに完成した音を速く取り出すことだったからです。

ユーザーの顔ぶれがそれを示しています。ハンス・ジマー、マイケル・ジャクソン、ザ・ネプチューンズ、ポール・ヴァン・ダイク、デペッシュ・モード、ヴァンゲリス。ゲーム音楽ではグラント・カークホープ、ネイサン・マクリー、安藤浩和、永田権太が使い、川井憲次もユーザーの名簿に入っています。

ジャンルが噛み合わない名前ばかりです。映画のスコアとユーロダンスとゲームBGMが、同じラック一台を使っていました。

JD-990は1996年に生産終了します。3年もちませんでした。JV-1080は2000年まで生き残り、そのあいだ同じエンジンがXP-50という鍵盤型ワークステーションにもそのまま入りました。

④ ローランドが売ったのは機械ではなく互換性だった 🔗

なぜ1080がそこまで売れたのか。性能のせいではありません。どこにでもうまく噛み合ったからです。

🔹 16パートにGMバンク内蔵 — 人が作ったMIDIファイルをそのまま開いても音が出ます。受け取ったデータを再生するだけの場面でこれが効きました

🔹 エンジンが製品群を横断します — JV-1080の音源部がXP-50ワークステーションにそのまま入りました。ラックから鍵盤に替えても音が変わりません

🔹 ボードが機種を横断します — 同じSR-JV80ボードをXP-50・XP-60・XP-80・JV-1080・JV-2080・XV-5080に挿せて、JD-990にも1枚入ります

🔹 後の世代が前の世代を吸収します — XV-3080はJV-2080の音をすべて積んで出てきました

これが何を意味するか。ローランドの製品を一度買うと、次もローランドを買うのが合理的になる。ボードが使い回せて、データが開いて、音がつながるからです。

競争相手は他社のもっと良い機械ではなく、すでに自分のラックにある物とどれだけ噛み合うかでした。その勝負でローランドが勝ちました。

⑤ 機種ごとに何が違うのか 🧩

系譜を整理しておくと中古を見るときに楽です。

🔹 JV-880 — 1Uの小さい兄弟。同じ系列の入門の位置でした

🔹 JV-1080(1994) — 2U、64ボイス16パート、スロット4つ。シリーズの基準点

🔹 JV-2080(1997) — 同時発音はそのままでスロットが8つに増えました。フィルターが4種(ローパス・バンドパス・ハイパス・ピーキング)になり、エフェクト40種のうち3つを同時にかけます。パッチ768。そして8台を束ねて512声まで伸ばせました

🔹 XV-3080 — 同時発音が128に跳ねます。トーンごとにステレオ波形を再生します。SRXとSR-JV80の両方を受け、内部にJV-2080の音すべてとJD-990の波形集が入っています

🔹 XV-5080 — フラッグシップ。128ボイス32パート、ウェーブ64MB、SRX4枚 + SR-JV80 4枚を同時、SIMM2スロットに最大128MB。そしてローランド・アカイのライブラリとWAV・AIFFを読みます。 SCSI内蔵、8アウトにS/PDIFとR-BUSまで

最後の行が重要です。XV-5080まで来ると音源モジュールがサンプラーの場所まで越えてきます。 よその会社のライブラリ形式を読み込むところまで行きました。

⑥ SR-JV80という発明 💾

このシリーズの本当の商品は本体ではなくボードでした。

SR-JV80は1枚8MBのPCMウェーブと、その音に合わせたパッチが一緒に入った拡張カードです。10年かけて22種類が出ました。

🔹 01 Pop / 02 Orchestral / 03 Piano / 04 Vintage Synth / 05 World

🔹 06 Dance / 07 Super Sound Set / 08 Keyboards of the 60s & 70s

🔹 09 Session / 10 Bass and Drums / 11 Techno / 12 Hip-Hop

🔹 13 Vocal / 14 Asia / 15 Special FX / 16 Orchestral II

🔹 17 Country / 18 Latin World / 19 House

🔹 97 Experience III / 98 Experience II / 99 Experience

一覧を見ると、これがどういう商売だったかが見えます。ジャンル一つにカード一枚。 オーケストラが要るなら02番を、テクノをやるなら11番を、ヒップホップなら12番を買えばよかった。

ここに事件がひとつあります。06番のDanceボードは著作権の問題でローランドが配布を中止しました。 サンプルの出どころに問題があったと言われていますが、ローランドが詳しい経緯を公表したことはありません。ここでは配布が止まったという事実までにとどめておきます。法的な判断ではなく公開された事実を整理したものなので、実際に権利関係が絡む話なら専門家に確認してください。そういう経緯もあって、このボードは今も中古市場で別枠の扱いを受けます。

もうひとつ面白いのが04番のVintage Synthボードです。このカードの中にはJD-990専用にプログラミングしたパッチが255個入っています。市場から押し出された機械を、市場を取った側のボードが気にかけていたことになります。

JV-1080の中。この場所にカードを4枚まで挿します

JV-1080の中。この場所にカードを4枚まで挿します / 出典: Raymangold22 / CC0 via Wikimedia Commons

⑦ みんな同じボードを挿した 🌀

ここからがこの記事の言いたいことです。

ボードを売るというのは「どんな音でも出せるようにする」という約束です。22種もあるなら組み合わせは無数に出そうに見えます。ところが実際に起きたのは逆でした。

みんな同じ数枚を買いました。

オーケストラが要る人は02番を買い、ヴィンテージシンセの音が要る人は04番を買った。それがその用途の正解だったからです。だから90年代後半のドラマBGMの弦と、ゲーム音楽のオーケストラと、CM音楽のパッドが、同じ8MBから出ていました。

これは誰のせいでもありません。良い音の入ったカードがあって、それを買って使うのは合理的な選択です。ただ、全員が合理的に選ぶと結果物は収束します。

今、みんな同じプラグインを開いて同じプリセットを選ぶという話をします。あの現象は新しくありません。30年前はそれがカードの形をしていただけです。

違いがひとつだけあります。当時はカードが8MBで、一台に4枚しか挿せませんでした。今は容量の制限がない。制約が消えた分だけ収束が速くなっただけで、構造はそのままです。

⑧ 本体より高いボード 💸

相場を見ると、その8MBが今どう扱われているかが出てきます。

🔹 JV-1080本体 — 46,618 ~ 68,690円。日単位で追跡しているところの平均が約268ポンドで、ボードなしの個体は150~300ドル

🔹 SR-JV80-04 Vintage Synthボード1枚 — 187ドルから

🔹 SR-JV80-02 Orchestralボード1枚 — 58ドルから

04番1枚が本体ひとつ分の値段に並ぶ。スロット4つを人気カードで埋めるとボード代が本体代を超えます。

「JV-1080が最近また人気で値上がりした」という話をよく聞きますが、半分だけ当たりです。上がったのは機械ではなく、その中に入れる音のほうで、本体は相変わらず安いままです。人がお金を出しているのは8MBのカードでした。

考えてみれば不思議でもありません。本体はその音を再生する装置でしかなく、欲しいのは音なので。ローランドが30年前に立てた構造が、今の市場でもそのまま動いているわけです。

ところがボードも消耗品です

ここで押さえておくことがあります。ボードの値段が本体を超えるというのは、そのボードが生きている場合の話だという点です。

SR-JV80はROMチップと小型部品を載せた基板1枚です。30年経った基板ですから、当然老います。中古で出回る個体によく見られる状態がこれです。

🔹 部品が溶け出した跡 — 基板上の小型部品の周囲に茶色や白の染みが広がっている個体があります。液漏れが進んだ状態で、放っておくと下の配線まで食われます

🔹 接点の酸化 — スロットに挿さる金属端子がくすんだり斑になったり。音が出たり出なかったりする原因の第一位がこれ

🔹 基板の変色・腐食 — 保管環境が湿っていた個体。特に長くラックに挿したまま熱を受けたボードに出ます

🔹 ピンの曲がり — 抜き挿しを繰り返した痕跡。人気ボードほど手が入っています

だからボードは写真と説明だけ見て買うと危ない品物です。確認することはこうなります。

🔹 基板の両面写真をお願いします。片面だけの出品は、たいてい反対側に理由があります

🔹 部品の周りに染みが広がっていないか見ます。写真でもだいたい分かります

🔹 実機に挿して音が出るのを確認した出品かを訊きます。「未確認」「部品取り」と書かれているものは、その言葉のとおりです

🔹 端子が均等に光っているか見ます。一列だけ妙にくすんでいたら接点の問題です

値段だけ見ると8MBのカードが2万円台というのは妙に感じますが、生きている8MBはそれより希少です。 新しく作られない品物なので、壊れた個体が抜けていくぶん全体の数が減り、残ったほうの値段がそれを映します。

もうひとつ。ボードを確保したのに本体が死ぬこともあります。JV-2080やXV世代は本体側の電解コンデンサの液漏れが報告される機種です。ボードの状態だけ気にして本体を見ないと、同じ落とし穴に反対側から落ちます。

SR-JV80ボードの実物。この1枚が8MBです

SR-JV80ボードの実物。この1枚が8MBです / 出典: Gustavo.paiva / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

⑨ いちばん洗練されていない機械がいちばん綺麗に聞こえる理由 ✨

JV-1080はこの系譜でいちばん作り込まれていない部類です。

JD-990にあったリングモジュレーションもオシレーターシンクもFXMもない。フィルターは12dBの一種類だけで、JV-2080で増えたフィルター4種もありません。XV世代のステレオ波形も32パートもない。上にも下にも押されます。

ところが今みんなが探しているのが、よりによってその機械です。

理由は結局、その洗練されていない状態が90年代そのものだからです。12dBフィルターを通った硬いPCM再生音、四つのトーンを重ねて作った分厚いのにどこか平たいパッド、工場出荷のまま使った感じの残るプリセット。当時は「ただの初期値」だったものが、今は時代の刻印になりました。

テーム・インパラがこの機械のユーザー名簿にあるのは偶然ではありません。90年代に育ちながら聞いた音をもう一度取り出すのに、この機械より速い道がないので。

▶ Tame Impala - The Less I Know The Better — 90年代の質感をいまの側へ引っ張ってきた音

洗練させようとした機械はその時代を超えようとして、だから時代を証明できない。普通によく売れた機械がその時代の標本になります。

最後にもうひとつ。前のほうでXV-3080の中にJD-990の波形が入っていると書きました。3年で消えた機械でしたが、その音は勝った側の後継機に載って売られ続けました。

機械は負けて音は残った。このシリーズの話でいちばん正確な文がそれです。

よくある質問

Q. JD-990とJV-1080のどちらか一台なら?

A. 用途がまるで違います。完成した音を速く取り出したいなら1080、音を削って自分のものにしたいなら990です。990はPCMを材料に使うシンセサイザーに近いので、プリセットを眺めて終わりにすると元が取れません。逆に1080を買って深いエディットをやろうとすると、すぐ限界が来ます。

Q. ボードはどこまで買えばいいですか?

A. 本体を買った理由によります。特定の時代の音が目的なら04 Vintage Synthと02 Orchestralの二枚でだいたい片付きます。Experience系(97・98・99)は複数のボードから抜いて集めた詰め合わせなので、何が要るかまだ分からないときに一枚で広く見るのに向いています。逆にジャンル専用のボードは、そのジャンルを実際にやるときだけ値段分の働きをします。

Q. 実機なしでこの音は出せませんか?

A. この時代のROMplerの音はサンプルパックやライブラリでかなりの部分が手に入ります。ただ実機にあるのは音そのものより、4トーンを重ねてトーンごとに違うフィルターをかける、あの構造から出てくる結果物のほうです。それが要らないなら、わざわざラックを買う理由は薄いと思います。

Q. 今買って故障の心配はありませんか?

A. この系列は90年代中後期の機械なので、80年代のアナログよりは状態が良いほうです。ただしバックアップ電池、電解コンデンサ、LCDのバックライトは年式なりに来ていると見るのが妥当でしょう。本体より先に確認すべきなのはボードです。 ⑧に書いたとおり部品が溶け出したボードが実際に出回っていて、あれは値切って買う品物ではなく買わない品物です。音が出ないスロットが単なる接触不良というケースも多いのですが、ボード側がすでに終わっている例も同じくらいあります。

まとめ

最初の光景に戻ります。本体2万円、ボード3万円。

おかしく見えますが、市場は正直に値を付けただけです。人が欲しかったのは機械ではなく、その中の8MBで、ローランドは30年前からその構造で売っていました。本体は再生装置で、商品は音だということ。今わたしたちがプラグインやサンプルパックを買うやり方は、あのときに出来上がっています。

そしてこのシリーズが残したもう一行は少し苦い。良く作った機械が長く売れるわけではありません。よく噛み合う機械が長く売れます。 JD-990は音で勝ちながら3年で降り、JV-1080はスロット4つとGMバンクで6年もちこたえて、ひとつの時代の初期値になりました。

ただ時間が経つと順番がまた入れ替わるようです。今値が付いているのは990で、愛されているのは1080。二台が別のやり方で生き残ったことになりますが、機械の立場としてどちらが良い結末なのかは、正直よく分かりません。

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