バランスも取ったし、EQもかけたし、コンプもかけた。ソロで聴けばトラック一本一本は悪くない。なのに頭から通して聴くと、なぜか退屈です。1小節目で鳴っていた音が、3分後もそのまま同じに聞こえるからです。
問題は音ではなく時間にあります。ミックスが一度決まったあと、何ひとつ動いていない。良いミックスはうまく撮れた写真ではなく、うまく編集された映像に近いものです。その瞬間ごとに、どこを見せるかが変わっていく必要があります。
それをやる道具がオートメーションです。
① オートメーションとは何か 🎚️
オートメーションとは、何かの値を時間に沿って変えていくことです。ボリュームフェーダーがAメロでは-6dBにあって、サビで-3dBまで上がる。フィルターのカットオフが8小節かけてじわじわ開いていく。リバーブのセンドが一語だけ一瞬大きくなる。全部オートメーションです。
もともとは人が手でやっていた仕事でした。ミキシングコンソールの前でエンジニアがリアルタイムにフェーダーを上げ下げしていたんです。手が足りなければ二人三人がコンソールに張り付いて、それぞれ担当のフェーダーを動かしていました。1970年代前半にAllison ResearchがVCA方式でフェーダーの動きを記録するシステムを作りました。1977年にはNeveがロンドンのAIR StudiosにNECAMというモーターフェーダーの自動化システムを納入しています。フェーダーが勝手に動く仕組みとしては最初期のものです。記録どおりにフェーダーがひとりでに動くのを初めて見た人たちの反応は、想像がつきますね。
いまはDAWの中で線を引けば済みます。トラックごとにオートメーションレーンを開いて点を打つか、再生しながらノブを回せばその動きがそのまま記録される。方法は簡単になりましたが、何を動かすべきかは相変わらず人が決めなければなりません。
② なぜ静的なミックスでは足りないのか 📉
トラックごとのバランスは一度決めたら終わり、と考えがちです。でも曲はパートごとに事情が違います。
Aメロでちょうどよかったボーカルの音量が、サビでは埋もれる。サビは楽器が多くて大きいからです。逆にサビに合わせてボーカルを上げておくと、Aメロでは前に出すぎる。どちらかに合わせるともう片方がずれる構造なので、両方を満たす値はそもそも存在しません。
コンプレッサーである程度は解決できます。大きいところを押さえてくれますから。ただコンプは音量しか見ていなくて、文脈は見ていません。この区間はサビだからボーカルが前に出るべきだ、という判断は人にしかできない。コンプが平均を揃えてくれて、その上に人が意図を乗せるのがオートメーションです。
そしてもっと大事な理由があります。耳は変化がないとすぐ慣れます。最初は印象的だった音も30秒たてば背景になる。だから曲が進む間、何かが少しずつ変わり続けないと、聴いている人の注意が保てません。オートメーションはバランスを取る道具でもありますが、それ以上に曲を生きたものにする道具です。
③ まず最初に — ボーカルのボリュームライド 🎤
オートメーションを初めて使うなら、ボーカルの音量から始めることを勧めます。効果がいちばん大きく、失敗しても目立ちにくいからです。
やり方はこうです。ボーカルトラックをソロではなくミックス全体の中で聴きながら、聞こえにくい単語が出てきたらその単語だけ1〜2dB上げる、飛び出す単語は1〜2dB下げる。フレーズ単位ではなく単語単位です。一曲で数十個の点が打たれるのが普通です。
ここでコンプとの順番が重要になります。このボリュームライドはコンプの前でやるのがいい。クリップゲインか、コンプ手前のトリムでやります。そうするとコンプに入る信号そのものが揃うのでコンプの仕事が減り、結果がずっと自然になります。コンプの後ろでフェーダーを使うオートメーションはその次の段階。前で揃えて入れて、後ろでパートごとの大きさを決める、という順番になります。
実はこの作業、コンプレッサーが生まれる前からエンジニアが手でやっていた仕事なんです。ボーカルライダーというプラグインがこれを自動でやってくれたりもしますが、最初の何曲かは自分の手でやってみてください。どこを上げ下げすべきか耳が覚えないと、自動の道具もまともに使えません。
④ 二つ目 — フィルターで作るビルドアップ 🔊
エレクトロニックやポップスで、サビ直前に音がじわじわ満ちてきて、ぱっと開く瞬間があります。ほとんどがフィルターのオートメーションです。
いちばんよくある形は、ローパスフィルターのカットオフを8小節か16小節かけてゆっくり上げていくもの。最初は低音だけ残ってこもって聞こえ、だんだん高域が開いて明るくなり、サビでフィルターが完全に抜けて音が弾ける。逆にハイパスをゆっくり上げて低音を抜いておき、ドロップで一気に解放する方法もあります。こちらは低音が戻ってくる瞬間の衝撃が大きい。
注意点は、このオートメーションをマスターバスにかけないことです。マスターにフィルターをかけると楽ではあるのですが、あとでその区間だけ直したいときに全部やり直しになりますし、マスタリングの段階でも邪魔になります。ドラムバスやシンセバスのようにグループ単位でかけるほうが管理しやすいです。
それと、フィルターが開いていくカーブは直線より終わりで急になる形のほうが、たいてい自然に聞こえます。最初の6小節はゆっくり、最後の2小節でぐっと。直線で引くと中間がのっぺりします。
⑤ 三つ目 — センドのオートメーションで投げる 🌊
リバーブやディレイをトラック全体にかけると曲がぼやけます。ところが特定の一語だけにかけると、その一語が空間に飛んでいく。これをスローと呼びますが、オートメーションがないとできない技法です。
やり方は、リバーブやディレイをセンドチャンネルに置いて、ボーカルトラックのセンド量を普段は0にしておき、フレーズの最後の単語だけぐっと上げる。その単語が終わった瞬間にセンドを0に戻すと、残響だけが残って、次のフレーズが始まるまでの隙間を埋めてくれます。
これが効く理由は、リバーブがボーカルの上に乗るのではなく、ボーカルが終わったあとに現れるからです。明瞭さはそのままで、空間だけを得られる。サビの最後の単語、ブリッジに入る直前、曲の一番最後。この三か所に使うだけでも曲がずっと広く聞こえます。
ディレイスローだとここにリズムが加わります。付点8分か4分のディレイをセンドに置いて一語を投げると、その一語が拍に合わせて跳ね返ってくる。ヒップホップとR&Bで特によく使われるやり方です。
⑥ そのほかよく動かすもの 🎛️
前の三つが基本で、慣れてくると他のものにも手が伸びます。
🔹 パン — イントロで狭く寄せておいて、サビで左右に広げるとサビが大きくなったように感じます。音量を上げずに大きく聞かせる方法です。
🔹 エフェクトのパラメーター — ディレイのフィードバックをフレーズの終わりで上げて無限に回すとか、コーラスの深さをブリッジだけ深くするとか。プラグインのほぼすべてのノブはオートメーションできます。
🔹 ミュート — 特定の楽器を1小節だけ抜くのもオートメーションです。ドロップ直前にドラムを1拍空けるなら、音量を下げるよりミュートを入れるほうがきれいです。
🔹 テンポ — 曲の最後で遅くなる、ブリッジで少し前に詰める。他のオートメーションとは性格が違いますが、これも時間に沿った変化です。
⑦ モードを知らないと事故になります ⚙️
DAWによって名前は多少違いますが、オートメーションのモードはだいたい四つです。
🔹 Read — 記録されたオートメーションを再生するだけ。ノブを回しても記録されません。普段はこの状態にしておきます。
🔹 Write — 再生している間、ノブの位置を記録し続けます。触らなくても現在位置がそのまま記録される。だから危険です。すでに線を引いてあるトラックでWriteのまま再生すると、全部消えます。
🔹 Touch — ノブを触っている間だけ記録し、離すと元のオートメーションに戻る。一部だけ直すとき向きです。
🔹 Latch — ノブに触れると記録が始まり、離してもその値を保ったまま記録し続ける。ある地点から最後まで変えたいとき向きです。
最初はReadにしてマウスで点を打つのが安全です。リアルタイムにノブを回して記録するのはTouchから始めてください。Writeは本当にゼロから書き直すときだけです。
Ableton Liveはこうしたモードの代わりに描く方式が基本で、再生中にノブを触るとそのパラメーターのオートメーションが一時的に無効になります。戻すには上部の「オートメーションを再度有効化」ボタンを押す必要があります。これを知らずに「オートメーションが効かない」と長いこと悩む人が多いです。FL Studioはオートメーションクリップという別の要素として扱い、パターンとは独立しているので、一つのクリップを複数のパラメーターに割り当てることもできます。
⑧ よくある失敗 ⚠️
🔹 全部動かそうとする。 すべてのトラックにオートメーションが引いてあると、何も動いていないのと同じです。一曲に本当に必要なオートメーションは10個前後。あとはやらなくていい。
🔹 オートメーションのあとにコンプの設定を変える。 ボリュームライドを全部やってからコンプのスレッショルドを変えると、ライドが前提にしていた条件が変わります。順番はコンプの設定が先、オートメーションが後。変えるならライドを見直す必要があります。
🔹 急な変化でプチッと鳴る。 フィルターのカットオフや音量を一点でがくっと変えるとクリックノイズが出ることがあります。完全に垂直に引かず、数ミリ秒でも傾けてください。エフェクトのオンオフをオートメーションするときも同じで、できればオンオフではなくミックス量を0から100に動かすほうが安全です。
🔹 マスターフェーダーを動かす。 曲の最後のフェードアウトでマスターの音量オートメーションを引く人が多いのですが、そうするとマスタリング段階でリミッターに入る信号が一緒に下がって処理がずれます。フェードアウトはマスタリングのあとに、あるいはマスタリングエンジニアに任せてください。全部自分でやるなら、リミッターの後ろにフェーダーをもう一つ置いてそこでやる方法もあります。
🔹 メーターを見て引く。 オートメーションは耳で引くものです。波形が小さく見えるから上げるのではなく、聞こえないから上げる。画面を消して聴く時間が要ります。
⑨ Q&A 💬
Q. オートメーションはミックスのどの段階でやりますか?
A. バランス、EQ、コンプまで静的に決めたあと、最後にやります。前の段階が変わるとオートメーションも見直しになるからです。ただしボーカルのクリップゲインライドは例外で、コンプをかける前に先にやっておくほうがいいです。
Q. マウスで描くのとノブを回して記録するのはどちらがいいですか?
A. 正確な値が要るならマウス、自然な流れが要るならノブです。ボリュームライドはノブやフェーダーでリアルタイムにやるほうが人の手の感じが出ていいですし、フィルタースイープのように決まった区間を正確に埋めるのはマウスが楽です。
Q. オートメーションの点が増えすぎて管理できません。
A. たいていのDAWにオートメーションの簡略化やシンニング機能があります。リアルタイムで記録すると点が数百個できますが、これを減らしても音はほぼ同じです。それと、トラックごとのオートメーションレーンは作業が終わったら畳んでおいてください。画面がごちゃつくと判断も鈍ります。
Q. コンプをうまくかければボリュームオートメーションは要らないのでは?
A. コンプは大きい音を小さくしますが、どの単語が大事かは知りません。静かに歌った大事な歌詞はコンプが上げてくれない。それは人が上げるしかありません。
Q. プラグインのパラメーターをオートメーションするとCPUを食いますか?
A. 値が変わるたびにプラグインが計算し直すので、ある程度はそうです。ただ今のパソコンで問題になるほどではなく、どうしても気になるならオートメーションが終わったトラックをオーディオにバウンスしておけば済みます。
⑩ 今日やること ✍️
いま作っている曲を開いて、20分あれば足ります。
1. ボーカルトラックのオートメーションレーンを開きます。ボリュームではなくクリップゲインかコンプ前のトリムがあればそちらで
2. ミックス全体を流しながらAメロを聴きます。聞こえない単語が出てきたら止めて、その単語だけ1.5dB上げます
3. 飛び出す単語は1.5dB下げます。Aメロの終わりまでこれを続けます
4. サビの最後の単語を探して、リバーブのセンドをその単語だけ上げてすぐ下げます
5. サビ直前の4小節でドラムバスのハイパスをゆっくり上げ、サビの頭で戻します
6. 頭から最後まで一度聴いて、やる前のバージョンと聴き比べます
この三つだけでも曲が動き始めます。あとはこれに慣れてから一つずつ足していけばいいです。
まとめ
オートメーションは派手な効果ではありません。ほとんどは1.5dBの点が数十個です。聴く人は何をしたかわからない。ただ歌詞がよく聞こえて、サビが大きく感じられて、曲が退屈しないだけです。
ミックスがちゃんと整っているのに平坦なら、音をこれ以上いじるのではなく、時間をいじる番です。静的なものを動くようにする。それが最後の一手になります。
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