コンプレッサーをかけたらスネアの力が抜けた。別の曲では、ボーカルが息をするみたいに大きくなったり小さくなったりする。逆に、オンにしてもオフにしても何が変わったのか分からないトラックもある。この三つ、どれもスレッショルドやレシオの問題ではない可能性が高いです。アタックとリリースが音に合っていないのです。
どれだけ押さえるかはスレッショルドとレシオが決めます。でもいつ押さえ始めて、いつ手を離すかを決めるのはアタックとリリースで、音の印象を実際に変えているのはこちらです。同じ3dB押さえても、アタックが1msか30msかでドラムはまったく別の楽器になります。
① 音には「形」があります 📐
まず、音を一つ拡大して見てみます。スネアを叩くと最初の数ミリ秒にとても大きなピークが飛び出し、そのあと響きがだんだん小さくなっていく。前の尖った部分がトランジェント、後ろの胴体がサステインです。楽器ごとにこの比率が違います。ドラムやピアノはトランジェントが大きくサステインが短い。パッドやストリングスはトランジェントがほとんどなく、サステインが長い。ボーカルは子音がトランジェント、母音がサステインと考えればだいたい合っています。
コンプレッサーはこの形を変える道具です。音量を下げる道具だとよく言われますが、正確には時間によって違う量だけ下げて、形を変える道具。そしてその時間を決めるつまみがアタックとリリースです。
・アタック — 信号がスレッショルドを超えてから、コンプが目標の量まで押さえ切るのにかかる時間
・リリース — 信号がスレッショルドを下回ってから、押さえていたものを完全に戻すまでにかかる時間
どちらも単位はミリ秒です。アタックはだいたい0.1msから100msの間、リリースは10msから数秒まで動きます。
② アタック — トランジェントを通すか通さないか 🥁
アタックの仕事は一つです。トランジェントをどれだけ残すか。
アタックが速い(1〜5ms)と、トランジェントが出た瞬間に押さえられます。ピークが削られるので音は丸くなり、後ろのサステインとの差が縮まって全体が太くなる。その代わり、叩く感じは消えます。スネアにコンプをかけたら力が抜けた、というのはたいていこのケースです。
アタックが遅い(20〜50ms)と、トランジェントは押さえられる前に通り抜けます。コンプが押さえ始める頃にはピークはもう過ぎていて、押さえられるのはそのあとのサステインだけ。結果としてピークとサステインの差がむしろ広がって、より叩いているように聞こえます。ドラムがパンチのある音になるコンプの設定は、ほぼ全部こちらです。
つまりアタックつまみは「どれだけ強く押さえるか」ではなく、「ピークを残すか消すか」を決めるスイッチに近いものです。
🔹 速いアタックが合う場合 — ピークが耳につくとき。ボーカルの子音が飛び出すとき、ベースのスラップが出すぎるとき、リミッターとして使いたいとき
🔹 遅いアタックが合う場合 — 叩く感じを残したいとき。ドラム、ピアノ、アコギのピッキング、それからミックスバス
📌 アタック時間の表記は機種ごとに違います
同じ10msでも、プラグインによって「目標値の63%に達するまでの時間」と定義していたり、「90%まで」と定義していたりします。数字を覚えるより音で覚えるほうが確実です。別のコンプに乗り換えて同じ数字を入れても違って聞こえるのが普通です。
③ リリース — 息をする速さ 🌬️
リリースは、押さえたものをいつ戻すかを決めます。そしてこれが音が動く感じを作ります。
リリースが速い(50ms以下)と、押さえた直後にすぐ戻る。コンプが音に合わせて素早く上下するので、全体が前に出て密度が上がります。ただし低域では問題が出ます。60Hzのサイン波一周期が約17msで、リリースがそのあたりまで短くなるとコンプが波形そのものを追いかけ始めて歪みが出る。ベースにリリースを短くかけすぎるとザラつく理由がこれです。
リリースが遅い(300ms以上)と、一度押さえたあとしばらく押さえたままになります。音は安定して滑らかになる。でも次の音が来るまでに戻らないと、次の音まで一緒に押さえられて音が後ろに引っ込み、小さくなります。スネアのあとに来るハイハットが小さくなるとか、ボーカルの二つ目の単語が最初の単語より小さく聞こえるとか、そういうのがこのケースです。
その間のどこかにポンピングがあります。リリースが曲の拍とずれて、音量が目に見えて大きくなったり小さくなったりする状態。狙ってやれば効果ですが、狙っていなければミスです。ボーカルが「息をする」という言い方はここから来ています。
実務でリリースを探す方法は簡単です。ゲインリダクションメーターを見ながら、次の音が来る直前に針が0へ戻る地点を探します。それより速いとポンピング、遅いと引っ込み。曲のテンポで正解が変わるので、プリセットの数字は参考程度に。
📌 オートリリース
多くのコンプに自動リリース機能があります。大きなピークには速く戻し、持続的な信号にはゆっくり戻す、というふうに勝手に調整してくれる。ボーカルやミックスバスのように信号が常に変わる場所では、だいたい手動より良い結果になります。ドラムのように規則的な音には手動で合わせるほうが正確です。
④ 二つを合わせると四つの性格になります 🧭
アタックとリリースを速い/遅いで分けると、組み合わせは四つ。それぞれ音がまったく違います。
🔹 速いアタック + 速いリリース — ピークを削ってすぐ戻す。密度が高く前に出るが、ザラつくことも。リミッティング、ロックのボーカル、パラレル用に強く押さえるとき
🔹 速いアタック + 遅いリリース — ピークを削って長く押さえる。いちばん滑らかでなめらか。バラードのボーカル、アコギ、目立たない整理
🔹 遅いアタック + 速いリリース — ピークは残して胴体だけ一瞬押さえる。叩く感じがいちばん強い。ドラム、パンチが必要なものすべて
🔹 遅いアタック + 遅いリリース — ピークは残して胴体を長く押さえる。接着剤の役目。ミックスバス、ドラムバス
この四つのうち、自分が欲しい結果がどこにあるかを先に決めてからつまみを握ると、迷う時間が一気に減ります。
⑤ 楽器別の出発点 🎛️
数字は出発点であって正解ではありません。ここから始めて耳で調整してください。
🔹 キック — アタック20〜40ms、リリース50〜150ms。叩く瞬間は通して、響きだけ整える。リリースが長いと次のキックが小さくなる
🔹 スネア — アタック10〜30ms、リリース80〜200ms。キックより少し速いアタック。速すぎると紙を叩く音になる
🔹 ドラムバス — アタック30ms以上、リリース100〜300msかオート。個々のトランジェントは全部残して、全体だけまとめる
🔹 ベース — アタック10〜30ms、リリース100〜200ms。リリースは低域の周期より十分長く。短いと歪む
🔹 ボーカル — アタック5〜15ms、リリース60〜150msかオート。子音は少し通して母音を安定させる。強くかけるなら二台に分けて
🔹 アコギ — アタック15〜30ms、リリース150〜300ms。ピッキングは残して響きを揃える
🔹 ピアノ — アタック20〜40ms、リリース200ms以上。打鍵は残してサステインペダルの区間を揃える
🔹 パッド・ストリングス — アタック30ms以上、リリース300ms以上。トランジェントがないのでアタックはほぼ意味がなく、リリースだけ長めに
🔹 ミックスバス — アタック30ms以上、リリースはオートか300ms前後。1〜2dBだけ。押さえているのが聞こえたら過剰
⑥ 実際につまみを握る順番 🛠️
コンプを開くとつまみが五つ六つありますが、順番を決めておくと速いです。
1. レシオ4:1、アタックとリリースは最速に。 極端から始めないと変化が聞こえません
2. スレッショルドを下げて5〜6dBくらい押さえる。 わざと過剰に。あとで減らします
3. アタックをゆっくり伸ばす。 ある瞬間、トランジェントが「トッ」と飛び出してくる地点があります。そこからもう少し伸ばすか戻すかして、欲しいぶんだけ通します
4. リリースをゆっくり伸ばす。 ゲインリダクションメーターが次の音の直前に0へ戻る地点を探します。ポンピングが消えるところです
5. スレッショルドを戻して、押さえる量を欲しいぶん(ふつう2〜4dB)まで減らす
6. メイクアップゲインで音量を揃えて、オンオフしながら比べる。 音量が違うと大きいほうが必ず良く聞こえるので、必ず揃えてください
3と4で極端から始める理由は、中間値から始めると何が変わっているのか聞こえないからです。速すぎるものと遅すぎるものを両方聴いてから、その間に入っていって初めて基準ができます。
⑦ よくあるミス ⚠️
🔹 アタックをいつも最小にしている。 プリセットにアタックが0近くのものが多くて、そのまま使う人が多いのですが、トランジェントのある楽器ならほぼ全部力が抜けます。ドラムとピアノとギターはアタックを伸ばすところから始めてください。
🔹 リリースを触らない。 アタックより変化が分かりにくいので放置しがちですが、引っ込んだりポンピングしたりする原因の大半はリリースです。メーターの針が戻る速さを一度は必ず確認してください。
🔹 一台で全部やろうとする。 ボーカルを6dB以上押さえたいなら、一台で強くかけるより二台を直列にして3dBずつ押さえるほうがずっと自然です。一台目は速いアタックでピークだけ、二台目は遅いアタックで全体を均す。こうするとどちらも押さえているのが聞こえません。
🔹 音量を揃えずに比べる。 コンプをオンにするとたいてい音が小さくなり、小さくなると悪く聞こえます。メイクアップゲインで揃えてから判断しないと、アタックとリリースが合っているかどうか分かりようがありません。
🔹 数字を別のコンプにそのまま持っていく。 上で書いた通り、アタック10msの定義が機種ごとに違います。音を基準に取り直してください。
⑧ Q&A 💬
Q. アタックとリリースのつまみがないコンプはどう使えばいいですか?
A. つまみがない機種は回路が時間を決めています。だいたいアタックがゆったりで、リリースが信号に合わせて自動で変わるタイプなので、ボーカルやベースのように滑らかに整えたいソースに向いています。ドラムのトランジェントを細かく扱いたいならアタックつまみのあるものを使ってください。
Q. ルックアヘッドはアタックと何が違うんですか?
A. ルックアヘッドはオーディオを数ミリ秒遅らせて、コンプに信号を先に見せる機能です。アタック0でもクリックなしでピークを捕まえられるので、主にリミッターに入っています。ただしトランジェントを残す用途には使えません。先に見て先に押さえるので、ピークはより確実に削られます。
Q. トランジェントシェイパーとコンプ、どちらを使うべきですか?
A. ピークを大きくしたいならトランジェントシェイパー、ピークを扱いつつ全体のダイナミクスも整えたいならコンプです。遅いアタックのコンプでピークを相対的に大きくすることはできますが、絶対的に大きくすることはできません。両方一緒に使うこともよくあります。
Q. アタックを遅くしたらピークがクリップします。
A. 遅いアタックはピークを通すのが目的なので、そのピークが後ろにあるものを叩くわけです。コンプの後ろにリミッターを一つ置くか、コンプの手前でトラックの音量を少し下げてください。ピークを残すのと、ピークが天井に当たるのは別の問題です。
Q. リリースはBPMに合わせるべきですか?
A. サイドチェインのように拍にぴったり合わせてポンピングさせるのが目的なら、計算して合わせるのがいいです。ふつうの整理が目的なら、拍よりソースの音と音の間隔に合わせるのが優先。メーターの針が次の音の直前に戻ればそれで合っています。
⑨ 今日やること ✍️
スネアのトラックが一本あれば十分です。15分。
1. スネアのトラックにコンプを挿して、レシオ4:1、アタックとリリースを最小にします
2. スレッショルドを下げて6dBくらい押さえます。紙を叩くような音を確認します
3. アタックを0から50msまでゆっくり回します。どこで「トッ」と叩く音が戻ってくるか聴きます
4. その位置でリリースを20msから500msまで回します。短すぎるときのザラつきと、長すぎるときの力の抜けた音を両方聴きます
5. メーターが次のスネアの直前に0へ戻るリリースを探します
6. スレッショルドを戻して3dBくらいだけ押さえるようにし、メイクアップで音量を揃えてオンオフしながら比べます
一度この手順を通すと、アタックとリリースがそれぞれ何を変えるのかが体に残ります。それ以降は他の楽器でも同じ順番で探せばいいだけです。
まとめ
コンプで音の性格を決めているのは、どれだけ押さえるかではなくいつ押さえていつ戻すかです。アタックはピークを残すか消すか、リリースは音がどの速さで動くか。
この二つを極端から回してみて、その間で探す習慣さえつけば、プリセットの数字なしでもどんなコンプでも欲しい音が出せます。
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