2026年10月3日土曜日

盗作だと告発されて、どちらも潔白だった — サンプル定額が変えたもの

2020年2月、ジャスティン・ビーバーが「Running Over」を出します。

ほどなくアッシャー・モンローというミュージシャンが声を上げます。自分が2019年に出した「Synergy」のメロディを持っていかれた、と。聴くと実際に似ていました。

ところが調べてみると、答えが妙でした。どちらも盗んでいなかったのです。

二人のプロデューサーが、同じサンプルパックから同じ音を落として使っていた。英国のプロデューサーLaxcityが作って上げたパックでした。誰でも金を払えば手に入る、著作権使用料のかからないサンプルです。

ある媒体はこの一件をこうまとめています。「ジャスティン・ビーバーがメロディを盗んだと告発されたが、実はオンラインで買えるロイヤリティフリーのサンプルだった。」

きょうはこの事件が指している変化の話です。

① それ以前はどう作っていたか 📼

定額制のサンプルサービスが定着する前、音を手に入れる経路は三つでした。

🔹 自分で録る — 時間がかかり、機材が要ります

🔹 サンプルCDやパックを買う — 一枚で数千円から数万円。買うまで中身が分かりません

🔹 既存の音源からサンプリングする — 音は良いのにクリアランスの問題がついてきます

三つめがヒップホップを作りましたが、同時に訴訟も作りました。クリアランスの費用が曲の収益を超えることも珍しくなかった。

ここで大事なのは、三つとも費用やリスクが手前にあったという点です。金を先に使うか、法的なリスクを先に背負うか、時間を先に注ぐか。

だから音をひとつ選ぶことが慎重な判断でした。買ったパックは最後まで食い尽くしましたし、クリアランスを通ったサンプルは曲の中心に置きました。

② 定額が変えた構造 🔄

2015年、スプライスが定額制のサンプルマーケットを開きます。モデルは単純でした。

🔹 月額でダウンロードのクレジットを受け取る

🔹 落としたサンプルはすべてロイヤリティフリー — 商用利用まで含めて追加費用がありません

🔹 落とす前に聴ける — 買って後悔することがなくなりました

🔹 DAWに直接つながる — 検索して引っ張ってくれば終わりです

この四つが合わさって、音を選ぶという行為のコストがほぼ0になりました。

会社の規模もこの変化の大きさを見せています。2021年時点で累計の調達額が1億5千万ドルを超え、企業価値は5億ドル近くと評価されました。2025年には英国のスピットファイア・オーディオを買収しています。

③ 実際にチャートで起きたこと 📈

このやり方で作られた曲が、隅のほうにあったわけではありません。

▶ Zedd, Maren Morris, Grey - The Middle — グラミー3部門ノミネート、RIAA 3×プラチナ

▶ Dua Lipa - Don't Start Now

いちばん分かりやすい例は2024年に出ました。

▶ Sabrina Carpenter - Espresso

この曲のビートを作ったプロデューサーが後に自分で明かしています。手に入れやすいループ三つで作ったと。「Oliver: Power Tools Sample Pack III」というパックから出たものでした。

そのプロデューサーが残した言葉が、この時代を要約しています。「誰でもこの曲は作れる。」

技術的には正しい。同じパックを落とせば同じループが手に入ります。ところが、そのループで「Espresso」を作ったのは一人でした。

④ ビーバーの一件が露わにしたもの ⚖️

最初の事件に戻ります。

▶ Justin Bieber - Running Over — 同じサンプルを使った二曲のうちの一方

この件が興味深いのは、盗作判断の前提が壊れたという点です。

それまで、二曲が似ていれば推論は単純でした。先に出たほうが原典で、後のほうが真似た側だ、と。ところがいまはどちらも同じ部品屋から買ってきた可能性が生まれました。

こうした状況が作る問題があります。

🔹 濡れ衣の告発が増えます — 聴く側には見分ける方法がありません

🔹 曲の独自性を証明しにくくなります — 材料が共有されていますから

🔹 逆に防御は楽になります — サンプルのライセンスが証拠になります

実際スプライスは後に使ったサンプルの認証ライセンスを発行する機能を入れました。争いになったとき「これは正当に受け取ったサンプルだ」と示すために。機能ができたということは、そういう事態が実際にあるという意味ですね。

⑤ 誰が金を受け取るのか 💸

構造が変われば金の流れも変わります。ここが案外知られていない部分です。

サンプルを作った人は、パックがダウンロードされるたびにその分を受け取ります。ただし曲がどれだけ当たっても追加で受け取ることはありません。 ロイヤリティフリーとはそういう意味ですから。

これが何を意味するかは数字で見ると鮮明です。あるループがヒット曲の中心になったとしましょう。その曲が10億回再生されても、ループを作った人が受け取るのはダウンロード1回分です。

もちろん得がないわけではありません。

🔹 名前が知られます — LaxcityもOliverも、この件で認知を得ました

🔹 ダウンロードが積み上がります — 人気パックは数十万回も落とされます

🔹 次の仕事につながります — プロデュースの依頼やパック制作の契約へ

ただし従来のサンプルクリアランスと比べると、取り分の性格がまるで違います。 昔はサンプルの原作者が曲の持分を取りました。いまは部品代を一度受け取ります。

どちらが公正かは簡単には言えません。昔のやり方は原作者に有利でしたが、その代わりサンプルを使うのが難しかった。いまのやり方は使いやすい代わりに作った人の取り分が小さい。アクセスのしやすさと報酬が引き換えになったわけです。

⑥ 「みんな似て聞こえる」という感覚 🎚️

ここでよく出てくる話があります。最近の曲が互いに似て聞こえる、というものです。

これは正直に検討しておく必要があります。

当たっている部分があります。

同じパックを落とせば同じ音が手に入る。人気のパックほど多く落とされ、多く落とされるほど複数の曲に入ります。その音がその時期の質感になるわけですね。

外れている部分もあります。

これは新しい現象ではありません。1988年に出たコルグM1は25万台が売れ、その機械の工場プリセットが90年代初頭の音楽の基本材料でした。ロビン・Sの「Show Me Love」に敷かれたオルガンはM1のプリセットそのままです。

もっと遡ればアーメンブレイクがあり、TR-808があり、DX7のE.PIANO 1があります。ひとつの時代の音楽が少数の共有された材料で作られるのは、ほとんど常にそうでした。

では何が変わったのか。速度と範囲です。機械は買う必要があって参入障壁がありましたが、サンプルパックは月額です。そして流行のパックは世界中で同時に落とされます。

つまり同じ材料を使う人の数と広がる速さが変わったのであって、構造そのものは昔と似ています。

⑦ では、どう使うか 🔧

批判だけして終わると実用がないので、使い方を書きます。

🔹 ループをそのまま使わず刻みます — 4小節のループを丸ごと敷けば、そのパックを知る人にはすぐ分かります。切って順番を変えるか一部だけ使えば出どころがぼやけます

🔹 ピッチとテンポを変えます — 元のキーから外れると質感が変わる。半音ふたつ動かすだけでも違います

🔹 再処理します — リサンプリング、フィルター、サチュレーション。もう一度焼くと考えれば分かりやすい

🔹 ワンショット中心に落とします — ループは完成品ですが、ワンショットは材料です。ワンショットで自分でパターンを組めば結果が変わります

🔹 人気順の上位を避けます — いちばん多く落とされたものが、いちばん多く聞かれたものです

🔹 自分の録音を混ぜます — ひとつでも他人が持っていない音が入れば、全体の印象が変わります

肝心なのはこれです。サンプルパックは材料庫であって、出来上がった料理ではありません。 ところがサービスがあまりに便利なので、完成品のように使いやすい。楽なぶんそのまま使ってしまい、そのまま使えば重なります。

⑧ それでも残る利点 ✅

公平を期して、良くなったことも書いておきます。実際に大きな変化でした。

🔹 法的な安全 — クリアランスの心配なく使えます。昔のやり方で個人の制作者が絶対に越えられなかった壁でした

🔹 参入障壁の崩壊 — ドラムを録る環境がなくてもドラムの音を使えます。機材がなくても始められる

🔹 弾けない楽器も入れられます — 弦セクションもブラスも

🔹 実験が安くなります — 合わなければ捨てればいい。数万円のCDを買ったときとは心理が違います

🔹 作る側にも道ができました — 音を作るのが得意な人が、それで収入を立てる通路があります

とくに二つめが大きい。昔は機材がある人だけが特定の音を出せました。 いまは違います。それが曲を似させた原因でもありますが、同時に作れる人を何十倍にも増やした原因でもあります。

⑨ 次に来るもの 🔮

最後に、いま起きていることを押さえておきます。

スプライスは2019年に類似検索の機能を入れました。機械学習で「これに似た音」を探してくれる機能です。そして2025年にスピットファイア・オーディオを買収しました。報道ではこの買収をAI音楽制作への賭けとして分析しています。

方向が見えます。選ぶことから生成することへ動いている。

これが定着すると、さきほどの「みんな似て聞こえる」問題は形が変わります。各自が違う音を生成するので重なりは減るかもしれない。代わりに別の問題が出ます。 同じモデルが作った音は、違っていても同じ匂いがしますから。音色は違うのに性向が同じ、という状況ですね。

そしてそのときには作る人の取り分がどうなるのかが、また問題になるはずです。いまはまだサンプルを作った人がいて、その人にダウンロード分が行きます。

よくある質問

Q. サンプルパックのループをそのまま使っても法的に大丈夫ですか?

A. ロイヤリティフリーのサンプルは、ライセンスの範囲内で商用利用が許されるのが一般的です。ただしサービスごとに規約が違い、たいてい禁止項目があります。落としたサンプルをそのまま再販したり、別のサンプルパックに入れて配布したりする場合ですね。使う前にそのサービスのライセンス条項を一度読むことをおすすめします。ここに書いたのは一般的な整理であって法律のアドバイスではないので、実際の契約や争いは専門家に確認してください。

Q. 他の人が同じサンプルを使っていると知ったら?

A. それ自体は問題ではありません。どちらも正当にライセンスを受けているのですから。厄介なのはそのサンプルが両方の曲で中心の要素であるときです。ビーバーの例がそれでした。だから中心になる音ほど加工を重ねるか、自分で作るほうが安全です。背景に敷く要素なら重なっても大きな問題にはなりません。

Q. ワンショットとループ、どちらを落とすのがいいですか?

A. 目的によります。速く作る必要があるならループが効率的で、自分の色を出すならワンショットです。ループはリズムと和声がすでに決まっているので、落とした瞬間に曲のかなりの部分が決まります。楽ですが、そのぶん選択肢が閉じる。ワンショットは手間がかかる代わりに結果が自分のものに近づきます。個人的にはドラムはワンショット、質感の要素はループという組み合わせが無難だと思っています。

Q. 契約を解約したら、落としたサンプルは使えなくなりますか?

A. 一般的には、すでにダウンロードして曲に使ったサンプルは使い続けられます。ライセンスがダウンロードの時点で付与される構造なので。ただしこれも規約次第なので、各サービスの条項を確認するのが正しい。解約の予定があるなら、落としたファイルをローカルに別途バックアップしておくほうが安全です。

まとめ

最初の事件に戻ります。二曲が似ていて、盗作の告発が出て、調べたらどちらも潔白でした。

この話が示しているのは、材料が共有される時代の基本条件です。もう、音が似ていることが誰かが誰かを真似た証拠にはなりません。同じ店で同じ部品を買っただけかもしれませんから。

そしてこれは新しい話ではない。M1のプリセットがそうでしたし、808がそうでした。変わったのは部品屋がはるかに大きく、速くなったことだけです。

だから結論も昔と同じです。大事なのはどの部品を買ったかではなく、それで何を作ったか。「Espresso」を作ったループ三つは誰でも落とせましたが、あの曲はひとつだけでした。

#DTM #音楽制作 #サンプル #サンプルパック #Splice #著作権 #プロデュース #作曲 #宅録 #音楽業界

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あの歌声はどのマイクで録った? — ミュージシャン24組のマイク

レコーディング中、エンジニアがビョークに高価なノイマンのコンデンサーマイクを手渡します。ビョークはそこに向かって二音節だけ歌い、マイクを返してしまう。そして、いつもの1本を握り直します。ライブハウスでおなじみのシュア SM58。1万円台で買えるハンドマイクです。

ミュージシャンのマイクの話は、だいたいこんな調子です。数百万円のヴィンテージ真空管マイクで録った名曲もあれば、ラジオ局用のマイクやライブ用の定番マイクで録った名曲もある。そこで今回は、有名ミュージシャンが実際にどのマイクの前で歌ったのかを、集められるだけ集めてみました。ほとんどはエンジニアやプロデューサーがインタビューで自分の口から語った話で、根拠が弱いものはその場でそう書いています。

① まず、マイクは3種類 🎙️

機種名がたくさん出てくるので、先に大きな分かれ目だけ押さえておきます。

🔹 ダイナミックマイク — 振動板に付いたコイルが磁石の中で動いて、音を電気に変えます。頑丈で大音量に強い。ライブ会場のマイクはほとんどこれです

🔹 コンデンサーマイク — 薄い膜と金属板の間の静電容量が変わるのを利用します。ファンタム電源か真空管用の電源が必要で、息づかいまで細かく拾う。スタジオの歌録りと聞いて思い浮かぶ大きなマイクはこちらです

🔹 リボンマイク — 磁石の間に吊ったごく薄い金属のリボンが震える方式。高域がやわらかくて、おとなしい音になります。1930〜50年代の放送局やスタジオでは主役でした

② 真空管コンデンサーの時代 — ノイマンU47とその仲間 📻

🔹 フランク・シナトラ — ノイマン U47

1956年のアルバム『Songs for Swingin' Lovers!』に入っている「I've Got You Under My Skin」。シナトラは弦16人、金管8人、サックス5人、リズム隊4人と同じ部屋で、一発録りで歌いました。場所はキャピトル・スタジオA。

エンジニアのジョン・パラディーノがSound On Sound誌に残した話が面白いんです。それまではRCA 44のリボンマイクを使っていたのに、U47に替えたとたんずっと欲しかった音がいきなり出た。中高域が明るくなり、指向性のおかげで声がオーケストラに埋もれなくなったそうです。この曲は22テイクまでいったといいます。

▶ Frank Sinatra - I've Got You Under My Skin — 大編成の上に、声だけがくっきり浮かんでいます

ノイマン U47。1949年に登場した真空管コンデンサーマイクです

ノイマン U47。1949年に登場した真空管コンデンサーマイクです / 出典: CJ Sorg / CC BY-SA 2.0 via Wikimedia Commons

🛒 TELEFUNKEN U47(現行の復刻版) — サウンドハウス

🔹 ビートルズ — ノイマン U47・U48

アビイ・ロード・スタジオでも、ボーカルマイクはU47の系統でした。マイク製作者のジョン・ペルーソによれば、ビートルズは1962年から1970年までほぼすべての曲の歌をU47で録っています。ジョージ・マーティンは兄弟機のU48もよく使いました。U48は中身がU47とほとんど同じで、選べる指向性が無指向ではなく双指向になったモデルです。ただ、曲ごとにどのマイクだったかまでまとめた公式の資料は見つかりませんでした。

▶ The Beatles - Twist and Shout — 喉をつぶしたレノンが最後に歌った、あのボーカル

アビイ・ロード・スタジオに展示されているマイク。中央にU47とU48が並んでいます

アビイ・ロード・スタジオに展示されているマイク。中央にU47とU48が並んでいます / 出典: Josephenus P. Riley / CC BY 2.0 via Wikimedia Commons

🔹 アデル — ロード Classic II、そしてU47

「Rolling in the Deep」のボーカルは、もともとデモ用に録ったものです。プロデューサーのポール・エプワースがロンドンのプライベートスタジオで、ロード Classic IIという真空管マイクを立てて録りました。エプワースいわく、完成版の歌はすべてデモのテイク。曲の頭で聞こえるアデルのもごもごしたカウントまで、そのまま残っています。

数年後の『25』に入った「Hello」はノイマン U47でした。プロデューサーのグレッグ・カースティンが、インタビューで歌録りのチェーンを明かしています。U47 → Neve 1073のマイクプリ → LA-2A → Apogeeのオーディオインターフェース → カースティンのノートパソコン。録音のとき部屋にいたのは、アデルとカースティンの二人だけだったそうです。

▶ Adele - Rolling in the Deep — デモの歌がそのまま完成版になった曲

▶ Adele - Hello — U47の前で歌った歌い出し

🔹 テイラー・スウィフト — ノイマン U47

コロナ禍に作られた『folklore』(2020)は、スウィフトとプロデューサー陣がそれぞれの家からファイルをやり取りして仕上げたアルバムです。スウィフトはロサンゼルスの自宅で、隣の寝室にU47を立てて歌を録りました。続く『evermore』はロング・ポンド・スタジオで、テレフンケンのU47。テレフンケンはもともとU47を最初に流通させた会社の名前で、いまはその名前を受け継いだ別の会社が復刻版を作っています。エンジニアのジョナサン・ロウによると、スウィフトは数テイクで完成版のような歌を出してくるそうです。

▶ Taylor Swift - cardigan — 自宅の寝室で、U47で録った歌

🔹 ジョン・メイヤー — U47と、アル・グリーンのRCA 77

『Continuum』(2006)の歌は、ほとんどがU47です。エンジニアのチャド・フランスコヴィアックがMix誌で語っています。ところが1曲だけ違うマイクがありました。メンフィスのロイヤル・スタジオで録った「I'm Gonna Find Another You」は、アル・グリーンが使っていたRCA 77のリボンマイクで録ったというんです。

ロイヤル・スタジオは、アル・グリーンが「Let's Stay Together」を録った場所。ジョン・メイヤーがわざわざそこまで行ってそのマイクを使った理由は、聴けばすぐ分かります。高域が丸く削れた、昔のソウルの歌そのものの音です。

▶ John Mayer - I'm Gonna Find Another You — リボンマイクらしい丸い歌声

▶ Al Green - Let's Stay Together — 同じスタジオで録られた本家の音

RCA 77-DX リボンマイク

RCA 77-DX リボンマイク / 出典: Jacob Blickenstaff / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

③ U47だけじゃない — C12、C414、U67、251 🎚️

🔹 ホイットニー・ヒューストン — AKG C12

「I Will Always Love You」(1992)を仕切ったのはプロデューサーのデイヴィッド・フォスター。ヒューストンは2回歌い、フォスターは最初のテイクを選びました。このとき使われたマイクがAKG C12だと伝えられています。米国の音楽誌Music Connectionが、このマイクを買い取ったスタジオを紹介する記事で書いた話です。エンジニア本人の証言ではないので、確定した事実とまでは言えません。

▶ Whitney Houston - I Will Always Love You — 伴奏なしで始まる歌い出し

AKG C12 VR(C12の復刻版、左)とC414(右)

AKG C12 VR(C12の復刻版、左)とC414(右) / 出典: Hens Zimmerman from Zeist, The Netherlands / CC BY 2.0 via Wikimedia Commons

🛒 AKG C12 VR — サウンドハウス

🔹 フレディ・マーキュリー — AKG C414 EB、ステージではシュア 565

1980年代のクイーンは、ドイツ・ミュンヘンのミュージックランド・スタジオで何枚もアルバムを作りました。そこでプロデューサーのラインホルト・マックがフレディのリードとコーラスに使ったのがAKG C414 EBです。このマイクは2026年10月に英国のオークションに出品されたのですが、「One Vision」のMVにもちゃんと映っています。

ステージのマイクは別物でした。ライヴ・エイドでフレディが握っていたのは、よく言われるSM58ではなくシュア 565 ユニスフィアI。シュアが公式ブログで自ら明かしています。

▶ Queen - One Vision — MVのスタジオのシーンにC414が映ります

▶ Queen - Radio Ga Ga — ウェンブリーの観客全員がそろえた手拍子と、フレディの手の565

AKG C414

AKG C414 / 出典: Iain Fergusson / CC BY 2.5 via Wikimedia Commons

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シュア 565 ユニスフィア。ウッドストックで使われた実物です

シュア 565 ユニスフィア。ウッドストックで使われた実物です / 出典: Jud McCranie / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

🔹 カート・コバーン — ノイマン U67、そしてEV PL20

『Nevermind』(1991)の歌は、ノイマン U67にLA-2Aを掛け録りして、そのままテープに入れています。プロデューサーのブッチ・ヴィグがSound On Sound誌で話した内容です。ネットでは「U87だった」という説も見かけますが、ヴィグがU87と言ったのは「Lithium」のギターアンプのほうでした。

2年後、スティーヴ・アルビニが録った『In Utero』はエレクトロボイス PL20。放送用の定番RE20とほぼ同じダイナミックマイクです。アルビニはのちにこの個体をオークションに出していて、もうマイクというより遺物になってしまった、と語りました。

▶ Nirvana - Smells Like Teen Spirit — U67で録った歌

▶ Nirvana - Heart-Shaped Box — PL20の前で歌った『In Utero』

エレクトロボイス RE20。PL20はこのマイクの色違いの兄弟です

エレクトロボイス RE20。PL20はこのマイクの色違いの兄弟です / 出典: Binksternet / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

🛒 Electro-Voice RE20 — サウンドハウス

🔹 YOASOBI — ノイマン U67

U67は、いまのJ-POPでも現役です。サウンド&レコーディング・マガジンの『THE BOOK』インタビューで、Ayaseは「マイクはU67を使うことが多い」と話しています。歌録りはエンジニアの齊藤隆之にお願いして、そのつど押さえたスタジオで録るやり方。面白いのはikuraのほうで、いつもその日そこにあったマイクで歌っているから、あまり意識していなかったそうです。歌う本人にとっては、案外そんなものなのかもしれません。

▶ YOASOBI - 夜に駆ける — 『THE BOOK』に入っているデビュー曲

🛒 NEUMANN U 67 Set(現行の復刻版) — サウンドハウス

🔹 ビヨンセ — テレフンケン ELA M 251

ビヨンセのエンジニア、スチュアート・ホワイトは2012年からずっとテレフンケンの251で録っています。理由は実務的で、過去のセッションが全部251だから、あとで1行だけ歌い直してパンチインしても音がそのままつながる。コールドプレイの「Hymn for the Weekend」に客演したときも、ビヨンセ側は251を希望しました。この曲のプロデューサー、リック・シンプソンの証言です。

▶ Coldplay - Hymn for the Weekend — 曲のあちこちに重なってくるビヨンセの声

🔹 宇多田ヒカル — 自前のELA M 251E

251の愛用者は日本にもいます。『初恋』(2018)をミックスしたスティーヴ・フィッツモーリスは、ソニーのインタビューで、宇多田ヒカルの歌録りはテレフンケン ELA M 251EとNeveのマイクプリだと話しました。251は本人の持ち物です。

歌録りを担当したエンジニアの小森雅仁の話がまたいいんですよね。最初のテイクで、試したいマイクといつもの251を2本並べて同時に録り、聴き比べる。それを何度かやっても、251に勝てたことがないそうです。例外は1曲だけ。メロディの音域が低い「夕凪」では、小森が持ち込んだChandler LimitedのREDD Microphoneが採用されました。

▶ 宇多田ヒカル - 初恋 — 自前の251で録ったアルバムの表題曲

④ ヒップホップと今どきのポップス — C-800G、U87 Ai、そして宅録 🎧

🔹 エミネム — ソニー C800

エミネムの『Recovery』(2010)を録ったエンジニアのマイク・ストレンジは、歌のチェーンはソニー C800にAvalon 737のマイクプリだったと明かしています。ドクター・ドレーが使うマイクで、エミネムもずっとこれ。思わず笑ってしまうのが、使いすぎてすぐ壊れるので、何本も置いてあるというくだりです。

ソニー C-800Gは、1992年発売の真空管コンデンサーマイク。日本のメーカーが作ったマイクが、海外のR&B・ヒップホップの定番になったわけです。最近の例ではポロ・G。エンジニアのトッド・ハートは、「RAPSTAR」が入ったアルバムの歌をC-800Gで録ったと話しています。

国内にも愛用者がいます。三代目 J SOUL BROTHERSのØMIは、サウンド&レコーディング・マガジンの取材で、いろいろ試しても結局C-800Gに落ち着くと語りました。どんな曲を歌っても、プロデューサーやエンジニアから、C-800Gだときれいに録れると言われるんだそうです。

🛒 SONY C-800G — サウンドハウス

▶ Eminem - Not Afraid — C800で録った『Recovery』の代表曲

▶ Polo G - RAPSTAR — いまのヒップホップの歌に聞くC-800Gの音

▶ 三代目 J SOUL BROTHERS - R.Y.U.S.E.I. — ØMIがボーカルを務めるグループの代表曲

🔹 フューチャー — ノイマン U87 Ai

U87は業界標準と呼ばれるマイクです。フューチャーの現場では、これが録音の条件になっていました。エンジニアのセス・ファーキンスは「Draco」のとき、どのスタジオでもU87 Aiを頼み、なければ別のスタジオへ移ると話しています。チェーンはU87 Ai → Neve 1073 → Tube-Tech CL 1Bでした。

▶ Future - Draco — オートチューンの向こうに聞こえる、芯のある中域

ノイマン U87

ノイマン U87 / 出典: Michael Rhys / CC BY 2.0 via Wikimedia Commons

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🔹 『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』 — 251とU87を並べて

Netflixのアニメ映画『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』のサウンドトラックは、韓国・LA・ニューヨーク・タイ・ロンドンで1年半かけて録られました。ミックスを手がけたカーティス・ダグラスによると、歌の8割ほどはテレフンケン 251とU87を並べて立てて録ったもの。251はポップスの歌録りの「聖杯」、U87は外しようのない保険、という言い方をしています。ただ、どの曲がどちらのマイクだったかまでは明かしていません。

▶ HUNTR/X - Golden — 『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』公式リリック・ビデオ

🔹 ビリー・アイリッシュ — AT2020 → TLM 103 → 251

ビリー・アイリッシュのマイクを順番に並べると、そのまま成長の記録になります。デビュー曲「ocean eyes」は、兄のフィニアスがオーディオテクニカ AT2020で録りました。1万円台で買える入門用のコンデンサーマイクです。1stアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』はノイマン TLM 103。フィニアスはSound On Sound誌で、TLM 103は誰にでも薦めると言っています。2ndアルバム『Happier Than Ever』のころにはテレフンケン 251に替えたそうです。

▶ Billie Eilish - ocean eyes — 入門機のAT2020から始まったデビュー曲

▶ Billie Eilish - bury a friend — 寝室で、TLM 103で録った1stの曲

ノイマン TLM 103

ノイマン TLM 103 / 出典: Tiago Cassol Schvarstzhaupt / CC BY 2.0 via Wikimedia Commons

🛒 audio-technica AT2020 — サウンドハウス

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🔹 Ado — クローゼットとWA-87 R2

寝室で録る人がいれば、クローゼットで録る人もいます。Adoは『残夢』(2024)を出したとき、サウンド&レコーディング・マガジンのインタビューで、「歌ってみた」は自宅のウォークイン・クローゼットで録っていると話しました。服をたくさん掛けたまま、壁に防音材を貼って響きを抑えた空間です。マイクはWARM AUDIO WA-87 R2、オーディオインターフェースはSSL 2+、DAWはLogic Pro。WA-87はヴィンテージのU87を手本にしたマイクです。

オリジナル曲はスタジオで録るそうですが、驚くのはその先。自宅でもスタジオでも、録音は自分ひとりなんです。人に見られながら歌うのが苦手で、止めて、また歌って、を自分のペースで素早く回したいから、と本人は説明しています。

▶ Ado - 唱 — 『残夢』収録。スタジオでもひとりで録るというAdoの歌

🛒 WARM AUDIO WA-87 R2 — サウンドハウス

🔹 エド・シーラン — sE Z3300a

エド・シーランのデビューアルバム『+』(2011)は、メインの歌がほぼ全部sE Electronics Z3300aでした。プロデューサーのジェイク・ゴズリングがSound On Sound誌で明かしています。名機ではなく、手の届く価格帯のコンデンサーマイクです。『÷』ではヴィンテージのU47やSontronics Ariaを使った、とエンジニアのジョー・ルーベルは話しています。

▶ Ed Sheeran - The A Team — 手ごろなコンデンサーマイクで録ったデビュー曲

⑤ ダイナミックマイクで歌った名曲 🔊

🔹 マイケル・ジャクソン — シュア SM7

エンジニアのブルース・スウェディエンは、マイケル・ジャクソンのリードボーカルの大半をシュア SM7で録りました。「Billie Jean」も、『Bad』の「The Way You Make Me Feel」もそうです。SM7はもともとラジオ局向けに出たダイナミックマイク。それをあれだけの大作の歌に使ったものだから、首をかしげる人もいたとスウェディエン本人が振り返っています。Wikipediaには、「P.Y.T.」の歌はSM7だけで録られたと書かれています。

同じ「Billie Jean」で、バイオリンはAKG C414 EBでした。1曲の中でもそうやってマイクを使い分けていたんですね。

▶ Michael Jackson - Billie Jean — SM7で録ったリードボーカル

シュア SM7

シュア SM7 / 出典: The Midnite Wolf / CC0 via Wikimedia Commons

🛒 SHURE SM7B — サウンドハウス

🔹 デュア・リパ — SM7を手に持って

「Don't Start Now」(2019)のプロデューサー、イアン・カークパトリックによると、デュア・リパは彼のスタジオではテレフンケン 251かSM7で歌います。そしてこの曲の歌は、かなりの部分がSM7を手に持って歌ったテイク。スタンドに固定したマイクの前より、握って歌うほうが楽に声が出るシンガーはけっこういます。

▶ Dua Lipa - Don't Start Now — 手持ちのSM7で録った歌

🔹 プリンス — ゼンハイザー MD 441

「Kiss」(1986)のエンジニア、デヴィッド・Zは、当時のプリンスがゼンハイザー MD 441に夢中だったと話しています。プリンスが好んだのは、コントロールルームの卓のすぐ横にマイクを立てて、ひとりで歌うやり方。エンジニアのスーザン・ロジャースも同じことを語っています。信号の経路だけ組んで部屋を出ると、あとはプリンスがひとりで歌を録っていたそうです。

▶ Prince and the Revolution - Kiss — コントロールルームで、MD 441で歌ったボーカル

ゼンハイザー MD 441

ゼンハイザー MD 441 / 出典: Roadside Guitars / CC BY-SA 2.0 via Wikimedia Commons

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🔹 ボノ(U2) — シュア SM58

『Achtung Baby』(1991)のエンジニア、ロビー・アダムスは、ボノの歌をほとんどSM58で録ったと言います。ボノはヘッドホンをせず、コントロールルームで大きく鳴らしたモニタースピーカーの前で歌いました。スピーカーの音がマイクにかぶっても、歌のほうが大事という考え方です。『Pop』(1997)のプロデューサー、フラッドも「ボノの歌はいつも通り全部SM58」と話しています。

▶ U2 - One — 『Achtung Baby』から。SM58で録った歌

シュア SM58。1966年に登場したライブ用ボーカルマイクです

シュア SM58。1966年に登場したライブ用ボーカルマイクです / 出典: ChrisHH / CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

🛒 SHURE SM58 — サウンドハウス

🔹 ビョーク — SM58、そして251

冒頭の場面の主人公です。『Volta』と『Biophilia』を録ったエンジニアのデイミアン・テイラーによれば、ビョークは何年も手持ちのSM58にこだわってきました。ヘッドホンなしで、コントロールルームのスピーカーからオケを聴きながら歌います。ところが『Vulnicura』(2015)では、テレフンケン 251にNeve 1081のマイクプリ。こちらはエンジニアのクリス・エルムズの話です。こだわりの1本があっても、アルバムごとに替わることはあるんですね。

▶ Björk - Crystalline — 『Biophilia』から。手持ちのSM58で歌ったボーカル

▶ Björk - Lionsong — 『Vulnicura』から。251で録った歌

🔹 ブルース・スプリングスティーン — シュア SM57を2本

『Nebraska』(1982)はスタジオではなく、ニュージャージーの自宅の寝室で録ったアルバムです。機材はシュア SM57が2本と、TEAC 144 Portastudio(4トラックのカセットMTR)だけ。もともとはバンドで録り直すつもりのデモでした。ところがバンド版がデモを超えられず、このカセットがそのままアルバムになります。

▶ Bruce Springsteen - Atlantic City — SM57とカセット4トラックで作ったアルバムの代表曲

シュア SM57。楽器用として有名な、SM58の兄弟マイクです

シュア SM57。楽器用として有名な、SM58の兄弟マイクです / 出典: E bailey / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

🛒 SHURE SM57 — サウンドハウス

⑥ リボンマイクはいまも現役 🎸

🔹 ローリング・ストーンズ — ロイヤー R-121

リボンマイクは、いまではギターアンプの前で見かけることのほうが多いかもしれません。『Hackney Diamonds』(2023)の「Rolling Stone Blues」で、キース・リチャーズはピックアップを付けたギブソン L-5をフェンダー・ツインで鳴らしています。エンジニアのポール・ラマルファは、そのアンプにノイマン U67とロイヤー R-121を一緒に立てたと話しました。リボンは高域をおとなしく拾うので、ギターの耳に刺さる成分がやわらぎます。

▶ The Rolling Stones - Rolling Stone Blues — アンプ前のU67とR-121で録ったギター

ロイヤー R-121

ロイヤー R-121 / 出典: Todd Williams / CC0 via Wikimedia Commons

🛒 ROYER LABS R-121 — サウンドハウス

⑦ 同じマイクを買えば同じ音になる? 🤔

ここまで読むと、U47や251が欲しくなってきます。でも、例をもう一度見直すと答えが見えてきます。

シナトラとテイラー・スウィフトはどちらもU47なのに、音はまるで違う。同じSM58でも、ボノは荒くて太く、ビョークは細くて鋭く聞こえます。マイクより先に声が違い、その次がどこで歌ったか。ボノもビョークもプリンスも、ブースではなくコントロールルームで歌いました。そのあとにマイクプリ、コンプ、そして何十テイクのうちどれを選んだか、が続きます。

「Rolling in the Deep」がいい例です。マイクはヴィンテージの名機ではなかったし、録音もデモでした。それでもあの歌が完成版になったのは、あの日のあのテイクがよかったからです。

かといって、マイクは何でもいいという話でもありません。腕のいいエンジニアがマイクを選ぶ基準は、だいたいひとつ、この声に合うかどうかです。宇多田ヒカルの歌録りで251が負けなかったのも、エミネムにC800、マイケル・ジャクソンにSM7、ビョークにSM58だったのも、同じ理由です。

よくある質問

Q. 宅録用の最初の1本は何を買えばいいですか?

A. この記事の例だけでも幅はかなり広いです。ビリー・アイリッシュはAT2020から始めましたし、スプリングスティーンはSM57でアルバムを作りました。響きの多い部屋なら、かぶりを拾いにくいダイナミックマイク(SM58やSM7B)。静かで吸音もできている部屋なら、コンデンサーマイクが扱いやすいです。Adoのクローゼットのように、高いマイクより先に部屋をデッドにするほうが、音の差は大きく出ます。

Q. SM7Bはなぜあんなに人気なんですか?

A. マイケル・ジャクソンの「Billie Jean」の話がひと役買った、とはよく言われます。実際のところ、部屋の響きを拾いにくく、口を近づけて歌っても音が崩れにくいので、自宅で使いやすいんです。ただ出力が小さく、ゲインをかなり上げることになります。マイクプリが非力なオーディオインターフェースだと、ノイズも一緒に上がってくるので注意してください。

Q. ヴィンテージのU47と、いま売っている復刻版は違うものですか?

A. 違います。本物の1950年代のU47はそもそも出物が少なく、真空管などの部品も手に入りにくい。個体差もあります。だからテレフンケンのようなメーカーが、昔の設計をなぞった復刻版を出しているわけです。テイラー・スウィフトの『evermore』は、その復刻版のU47で録られました。

Q. ライブ用のマイクで録音してもいいんですか?

A. 大丈夫です。ボノとビョークがその証拠。ダイナミックマイクは周りの音を拾いにくいので、ヘッドホンなしでスピーカーを鳴らしながら歌っても録音として成り立ちます。マイクを握らないと歌が出てこないタイプの人なら、むしろそのほうが合っているはずです。

まとめ

最初の場面に戻りましょう。高価なノイマンを二音節で返して、SM58を握り直したビョーク。

あのマイクを選んだ理由は、値段ではないんですよね。握ったときにいちばんいい歌が出たからです。シナトラにとってはオーケストラを突き抜けるU47が、マイケル・ジャクソンにとっては放送用のSM7が、宇多田ヒカルにとっては自前の251が、そういう1本でした。

好きな曲があったら、その歌を録ったマイクを一度調べてみてください。意外と地味なマイクだったりして、自分の部屋にあるマイクを見る目が少し変わるはずです。

#DTM #音楽制作 #宅録 #DTMerと繋がりたい #ボーカルマイク #コンデンサーマイク #ダイナミックマイク #歌録り #SM7B #U47

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2026年10月2日金曜日

ミックスは完成しない、手放されるだけ — 終了条件を先に決める

曲を三週間触り続けています。

大枠はとっくに終わりました。いまやっているのはハイハット0.3dB、ボーカルのリバーブを少し、昨日上げたものを今日下げ、一昨日下げたものをまた上げる、そういう作業です。

聴くたびに何か物足りない。それでいて、何を直せば良くなるのかは分からない。

この状態に覚えがあるなら、きょうの話は実用的だと思います。ミックスが終わらないのは腕の問題ではなく、終了条件がないからです。

① なぜ終わらないのか — 基準が内側にあるから 🔄

ミックスが終わらない構造的な理由があります。

判断の基準が作品そのものの中にあるからです。

たいていの仕事には外部の基準があります。試験には答えがあり、料理にはレシピがあり、コードはテストが通れば終わる。ところがミックスは「この曲は良く聞こえるか」で判断するのに、その判断を下す人はすでにその曲を200回聴いた人です。

ここで二つが同時に起きます。

🔹 慣れます — 200回聴いた音は新しくありません。新しくなければ物足りなく感じ、物足りなければ何か足すべき気がしてくる

🔹 耳が順応します — たったいま上げた3dBが、30秒後には普通に聞こえる。だからまた上げてしまう

結果として「物足りない」という感覚が、曲の問題ではなく聴いている人の状態から出ている場合がほとんどです。それを曲の問題と取り違えるから、触り続けることになる。

② 耳が疲れると何が起きるか 👂

ここはもう少し具体的に見る必要があります。耳の疲れは「聞こえない」ではなく「間違って聞こえる」として出ます。

🔹 高域の感覚が先に鈍ります — だから高域をつい上げる。翌日聴くと刺さります

🔹 音量差が分からなくなります — 1dBの差が聞こえないので3dBずつ動かすようになる

🔹 空間感の判断がぼやけます — リバーブを足し続けてしまう理由がこれです

🔹 小さな粗が大きく聞こえます — 特定の区間の些細な問題に二時間使う

最後の項目がとくに罠です。集中して聴いていると、誰も気づかない問題が唯一の問題のように見えてきます。

そしてこれは時間ではなく集中の累積量の問題です。30分集中して聴くほうが、3時間流しておくより疲れることがあります。

③ 終了条件は作業の前に決める 📝

解決策は単純です。何を満たしたら終わりなのかを、始める前に書いておくこと。

作業を始める前に書いておくのが肝心です。作業中に決めると、そのときの疲れと欲が混ざって基準が動き続けますから。

書いておくのはこういう種類のものです。

🔹 この曲の目的 — デモか、リリース用か、練習か。デモにリリースの基準を当てると永遠に終わりません

🔹 リファレンス曲 — この曲がどのあたりへ行けばいいのかを、具体的な曲で決めます

🔹 締め切り — 外部の締め切りがないなら、作ってでも置きます

🔹 今回で解決する三つ — 例: ボーカルが聞こえるように、低域の整理、サビが大きくなるように。それ以外は今回はやりません

四つめがとくに効きます。やることリストがあれば終わりが分かります。 三つ終えたら終わりなのです。「良くなるまで」に終わりはありませんが、「この三つをやったら」には終わりがあります。

④ 終わったかどうかを確かめる方法 ✅

基準を決めたら確認の手段が要ります。耳だけでは足りませんから。

一晩寝かせる。

いちばん確実です。寝て起きて最初の30秒を聴けば、三週間見えなかったものが30秒で見えます。問題がなければ終わりです。

これが効くのは耳ではなく慣れのほうがリセットされるからです。今日の自分はこの曲を200回聴いた人ですが、明日の朝の自分は寝て起きた人ですから。

別の環境で聴く。

スマホのスピーカー、車、イヤホン、ノートパソコン。すべての環境で良い必要はなく、どの環境でも壊れなければ充分です。

リファレンスと交互に聴く。

音量を揃えてから10秒ずつ交互に聴きます。ここで見るのは「自分の曲のほうが良いか」ではなく「性格が違うのか、壊れているのか」です。違うのは構いませんが、壊れているのは直します。

人に聴かせる。

いちばん速い方法ですが条件があります。「どう?」と訊けば「いいね」しか返ってきません。代わりに「変に聞こえるところある?」と訊くと、使える答えが返ってきます。

⑤ 公開前の点検リスト 📋

主観的な判断ではなく、機械的に確認できるものもあります。これは耳の状態と関係なく確認できます。

🔹 モノで聴いたか — 低域や特定の楽器が消えないか

🔹 クリップしていないか — マスターと各バスで赤が点かないか

🔹 ノイズが残っていないか — 曲の頭、終わったあと、ブレイク区間のノイズ

🔹 全区間を最後まで聴いたか — サビだけ繰り返し聴いて2番を聴いていない例が案外多い

🔹 フェードと終わりの処理ができているか — 唐突に切れないか

🔹 歌詞が聞き取れるか — 歌が中心の曲なら全区間で

🔹 ラウドネスが目標の範囲か — 配信先の基準に合っているか

🔹 ファイル名とメタデータが合っているか — 案外ここで事故が起きます

このリストの良いところは全部がはい/いいえで答えられることです。「良いか」と違って議論の余地がありません。

⑥ いま止めるべき合図 🚩

逆に、いま止めるべきだという合図もあります。

🔹 同じ場所を三回以上戻した — 上げ下げを繰り返しているなら、それは判断ではなく疲れです

🔹 何を直すか分からないのに触っている — 問題を見つけられていないなら手を離すのが正解

🔹 0.5dB単位で30分使った — その差は翌日には聞こえません

🔹 プラグインを新しく探し始めた — 道具の問題だと取り違える典型的な段階です

🔹 最初より悪くなった気がする — たいてい実際に悪くなっています

🔹 「もう少しだけ」を三回言った

とくに最後の二つが出たら保存して席を立つのが最善です。その状態で下した判断は、翌日ほぼ全部を戻すことになります。

⑦ 戻せるようにしておく 💾

止めるのを楽にするには戻せることが要ります。戻せない気がすると、人は止まりません。

🔹 段階ごとにバージョン保存 — `_v1 バランス`、`_v2 EQ`、`_v3 空間系` のように名前に中身を書く

🔹 大きな変更の前に必ず保存 — とくに「一度違う方向で試そうか」の直前に

🔹 その日のミックスダウンを残す — 日付をつけておけば後で比べられます。三日前のほうが良かったと分かるのも情報です

🔹 変えた理由を一行書く — 「サビのボーカル1.5dBアップ、2番で埋もれるため」。後で自分に説明できます

最後のがじわじわ効きます。理由が書けないなら、その変更はたいてい要らない変更です。

⑧ デモとリリース版で基準は違う ⚖️

終わらない理由でよくあるのが、どの曲にも同じ基準を当てることです。

用途別にはこのくらいで充分です。

🔹 アイデアのメモ — あとで聴いたとき何をやろうとしたか分かれば終わり。30分

🔹 デモ・共有用 — 曲の構造と雰囲気が伝われば終わり。ボーカルが聞こえて低域が濁っていなければ充分。2~3時間

🔹 リリース用 — 上の点検リストを通り、リファレンスと並べても壊れなければ終わり

🔹 依頼仕事 — 依頼主がOKと言えば終わり。ここは基準が外にあるので、むしろ楽です

アイデアのメモにリリースの基準を当てることが、いちばん時間を食います。そしてこれは完璧主義というより用途を決めていない結果に近い。

⑨ 終わらせるルーティンをひとつ 🧭

最後に実際に使える手順を書いておきます。

🔹 1. 作業の前に、今回の目標を三つ書く

🔹 2. 作業する。リストにないものは見つけてもメモだけして進む

🔹 3. 三つ終えたらその日の作業を止めてミックスダウンを出す

🔹 4. 翌朝、最初の30秒を聴く

🔹 5. 直すものがなければ終わり。あればそれを次の回の目標に書く

🔹 6. 三回まわしても終わらないなら、それはミックスの問題ではない

6を説明しておきます。三回まわしてもずっと物足りないなら、原因が別のところにある可能性が高い。編曲が決まっていないか、演奏や録音の段階に問題があるか、曲そのものを見直す必要があるか。 ミックスで解けない問題をミックスで解こうとすると、永遠に終わりません。

この切り分けができると、時間がかなり浮きます。

よくある質問

Q. 一晩寝かせる時間がない場合は?

A. 最低でも一時間は席を立つほうが、やらないよりましです。外に出て別の音を聴いてくるのがとくにいい。まったく違う音楽を聴くか、ただ外の音を聴くか。耳の基準を元へ戻すのが目的ですから。どうしても無理なら、音量を普段よりずっと小さくして聴いてみるのも手です。小さく聴くとバランスの問題のほうがよく出てきます。

Q. 完璧主義はどう直せばいいですか?

A. 直そうとするより構造で防ぐほうが効率的です。完璧主義は性格なので変えにくいですが、「目標を三つ書いてそれだけやる」という手順はただ守ればいい。それと、知っておくと助けになることがひとつ。聴く人はミックスを聴いていません。 曲を聴いています。0.5dBの差に気づくのは、その曲を作った人だけです。

Q. マスタリングに出せば解決しませんか?

A. 解決するものとしないものがあります。全体のトーンバランスと音量はマスタリングで整います。 ですが特定のトラックが埋もれているとか低域が団子になっているのは直せません。トラック単位で手を入れられませんから。だから「マスタリングで何とかなる」と先送りしていいものと、いけないものを分けるのが大事です。おおむねバランスは先送りしてよく、個別の問題は先送りしてはいけません。

Q. 他の人の意見が割れたらどうしますか?

A. よくあることです。このとき使える基準は複数の人が同じ場所を指摘したかです。一人が「ボーカルが小さい」と言うのは好みかもしれませんが、三人が同じことを言うならそれは問題でしょう。逆にそれぞれ違う場所を指摘するなら、たいていそのミックスは良い状態にあります。そして誰が言ったかより何を言ったかを見てください。「いまいち」には情報がなく、「2番でギターがボーカルを隠す」には情報があります。

まとめ

最初の状況に戻ります。三週間触り続けている曲。

そこで必要なのは、もっと良いプラグインでも、もっと長い時間でもありません。どこで止めるかを決めることです。

ミックスは完成するというより手放すことに近い。良くなる余地はいつでも残っていて、その余地を使い切ろうとすると曲は永遠に出ていきません。そして出ていかない曲は、どれだけ良く作っても誰にも聴かれない。

三つ書き、三つやり、一晩寝かせ、出す。この単純な手順が三週間の曲を三日に縮めてくれます。そうして浮いた時間で次の曲を作るほうが、同じ曲を三週間触り続けるよりだいたい良い結果になります。

#DTM #音楽制作 #ミックス #ミキシング #作業手順 #マスタリング #完成 #宅録 #作曲 #ワークフロー

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