レコーディング中、エンジニアがビョークに高価なノイマンのコンデンサーマイクを手渡します。ビョークはそこに向かって二音節だけ歌い、マイクを返してしまう。そして、いつもの1本を握り直します。ライブハウスでおなじみのシュア SM58。1万円台で買えるハンドマイクです。
ミュージシャンのマイクの話は、だいたいこんな調子です。数百万円のヴィンテージ真空管マイクで録った名曲もあれば、ラジオ局用のマイクやライブ用の定番マイクで録った名曲もある。そこで今回は、有名ミュージシャンが実際にどのマイクの前で歌ったのかを、集められるだけ集めてみました。ほとんどはエンジニアやプロデューサーがインタビューで自分の口から語った話で、根拠が弱いものはその場でそう書いています。
① まず、マイクは3種類 🎙️
機種名がたくさん出てくるので、先に大きな分かれ目だけ押さえておきます。
🔹 ダイナミックマイク — 振動板に付いたコイルが磁石の中で動いて、音を電気に変えます。頑丈で大音量に強い。ライブ会場のマイクはほとんどこれです
🔹 コンデンサーマイク — 薄い膜と金属板の間の静電容量が変わるのを利用します。ファンタム電源か真空管用の電源が必要で、息づかいまで細かく拾う。スタジオの歌録りと聞いて思い浮かぶ大きなマイクはこちらです
🔹 リボンマイク — 磁石の間に吊ったごく薄い金属のリボンが震える方式。高域がやわらかくて、おとなしい音になります。1930〜50年代の放送局やスタジオでは主役でした
② 真空管コンデンサーの時代 — ノイマンU47とその仲間 📻
🔹 フランク・シナトラ — ノイマン U47
1956年のアルバム『Songs for Swingin' Lovers!』に入っている「I've Got You Under My Skin」。シナトラは弦16人、金管8人、サックス5人、リズム隊4人と同じ部屋で、一発録りで歌いました。場所はキャピトル・スタジオA。
エンジニアのジョン・パラディーノがSound On Sound誌に残した話が面白いんです。それまではRCA 44のリボンマイクを使っていたのに、U47に替えたとたんずっと欲しかった音がいきなり出た。中高域が明るくなり、指向性のおかげで声がオーケストラに埋もれなくなったそうです。この曲は22テイクまでいったといいます。
▶ Frank Sinatra - I've Got You Under My Skin — 大編成の上に、声だけがくっきり浮かんでいます

ノイマン U47。1949年に登場した真空管コンデンサーマイクです / 出典: CJ Sorg / CC BY-SA 2.0 via Wikimedia Commons
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🔹 ビートルズ — ノイマン U47・U48
アビイ・ロード・スタジオでも、ボーカルマイクはU47の系統でした。マイク製作者のジョン・ペルーソによれば、ビートルズは1962年から1970年までほぼすべての曲の歌をU47で録っています。ジョージ・マーティンは兄弟機のU48もよく使いました。U48は中身がU47とほとんど同じで、選べる指向性が無指向ではなく双指向になったモデルです。ただ、曲ごとにどのマイクだったかまでまとめた公式の資料は見つかりませんでした。
▶ The Beatles - Twist and Shout — 喉をつぶしたレノンが最後に歌った、あのボーカル

アビイ・ロード・スタジオに展示されているマイク。中央にU47とU48が並んでいます / 出典: Josephenus P. Riley / CC BY 2.0 via Wikimedia Commons
🔹 アデル — ロード Classic II、そしてU47
「Rolling in the Deep」のボーカルは、もともとデモ用に録ったものです。プロデューサーのポール・エプワースがロンドンのプライベートスタジオで、ロード Classic IIという真空管マイクを立てて録りました。エプワースいわく、完成版の歌はすべてデモのテイク。曲の頭で聞こえるアデルのもごもごしたカウントまで、そのまま残っています。
数年後の『25』に入った「Hello」はノイマン U47でした。プロデューサーのグレッグ・カースティンが、インタビューで歌録りのチェーンを明かしています。U47 → Neve 1073のマイクプリ → LA-2A → Apogeeのオーディオインターフェース → カースティンのノートパソコン。録音のとき部屋にいたのは、アデルとカースティンの二人だけだったそうです。
▶ Adele - Rolling in the Deep — デモの歌がそのまま完成版になった曲
▶ Adele - Hello — U47の前で歌った歌い出し
🔹 テイラー・スウィフト — ノイマン U47
コロナ禍に作られた『folklore』(2020)は、スウィフトとプロデューサー陣がそれぞれの家からファイルをやり取りして仕上げたアルバムです。スウィフトはロサンゼルスの自宅で、隣の寝室にU47を立てて歌を録りました。続く『evermore』はロング・ポンド・スタジオで、テレフンケンのU47。テレフンケンはもともとU47を最初に流通させた会社の名前で、いまはその名前を受け継いだ別の会社が復刻版を作っています。エンジニアのジョナサン・ロウによると、スウィフトは数テイクで完成版のような歌を出してくるそうです。
▶ Taylor Swift - cardigan — 自宅の寝室で、U47で録った歌
🔹 ジョン・メイヤー — U47と、アル・グリーンのRCA 77
『Continuum』(2006)の歌は、ほとんどがU47です。エンジニアのチャド・フランスコヴィアックがMix誌で語っています。ところが1曲だけ違うマイクがありました。メンフィスのロイヤル・スタジオで録った「I'm Gonna Find Another You」は、アル・グリーンが使っていたRCA 77のリボンマイクで録ったというんです。
ロイヤル・スタジオは、アル・グリーンが「Let's Stay Together」を録った場所。ジョン・メイヤーがわざわざそこまで行ってそのマイクを使った理由は、聴けばすぐ分かります。高域が丸く削れた、昔のソウルの歌そのものの音です。
▶ John Mayer - I'm Gonna Find Another You — リボンマイクらしい丸い歌声
▶ Al Green - Let's Stay Together — 同じスタジオで録られた本家の音

RCA 77-DX リボンマイク / 出典: Jacob Blickenstaff / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons
③ U47だけじゃない — C12、C414、U67、251 🎚️
🔹 ホイットニー・ヒューストン — AKG C12
「I Will Always Love You」(1992)を仕切ったのはプロデューサーのデイヴィッド・フォスター。ヒューストンは2回歌い、フォスターは最初のテイクを選びました。このとき使われたマイクがAKG C12だと伝えられています。米国の音楽誌Music Connectionが、このマイクを買い取ったスタジオを紹介する記事で書いた話です。エンジニア本人の証言ではないので、確定した事実とまでは言えません。
▶ Whitney Houston - I Will Always Love You — 伴奏なしで始まる歌い出し

AKG C12 VR(C12の復刻版、左)とC414(右) / 出典: Hens Zimmerman from Zeist, The Netherlands / CC BY 2.0 via Wikimedia Commons
🔹 フレディ・マーキュリー — AKG C414 EB、ステージではシュア 565
1980年代のクイーンは、ドイツ・ミュンヘンのミュージックランド・スタジオで何枚もアルバムを作りました。そこでプロデューサーのラインホルト・マックがフレディのリードとコーラスに使ったのがAKG C414 EBです。このマイクは2026年10月に英国のオークションに出品されたのですが、「One Vision」のMVにもちゃんと映っています。
ステージのマイクは別物でした。ライヴ・エイドでフレディが握っていたのは、よく言われるSM58ではなくシュア 565 ユニスフィアI。シュアが公式ブログで自ら明かしています。
▶ Queen - One Vision — MVのスタジオのシーンにC414が映ります
▶ Queen - Radio Ga Ga — ウェンブリーの観客全員がそろえた手拍子と、フレディの手の565

AKG C414 / 出典: Iain Fergusson / CC BY 2.5 via Wikimedia Commons

シュア 565 ユニスフィア。ウッドストックで使われた実物です / 出典: Jud McCranie / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons
🔹 カート・コバーン — ノイマン U67、そしてEV PL20
『Nevermind』(1991)の歌は、ノイマン U67にLA-2Aを掛け録りして、そのままテープに入れています。プロデューサーのブッチ・ヴィグがSound On Sound誌で話した内容です。ネットでは「U87だった」という説も見かけますが、ヴィグがU87と言ったのは「Lithium」のギターアンプのほうでした。
2年後、スティーヴ・アルビニが録った『In Utero』はエレクトロボイス PL20。放送用の定番RE20とほぼ同じダイナミックマイクです。アルビニはのちにこの個体をオークションに出していて、もうマイクというより遺物になってしまった、と語りました。
▶ Nirvana - Smells Like Teen Spirit — U67で録った歌
▶ Nirvana - Heart-Shaped Box — PL20の前で歌った『In Utero』

エレクトロボイス RE20。PL20はこのマイクの色違いの兄弟です / 出典: Binksternet / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons
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🔹 YOASOBI — ノイマン U67
U67は、いまのJ-POPでも現役です。サウンド&レコーディング・マガジンの『THE BOOK』インタビューで、Ayaseは「マイクはU67を使うことが多い」と話しています。歌録りはエンジニアの齊藤隆之にお願いして、そのつど押さえたスタジオで録るやり方。面白いのはikuraのほうで、いつもその日そこにあったマイクで歌っているから、あまり意識していなかったそうです。歌う本人にとっては、案外そんなものなのかもしれません。
▶ YOASOBI - 夜に駆ける — 『THE BOOK』に入っているデビュー曲
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🔹 ビヨンセ — テレフンケン ELA M 251
ビヨンセのエンジニア、スチュアート・ホワイトは2012年からずっとテレフンケンの251で録っています。理由は実務的で、過去のセッションが全部251だから、あとで1行だけ歌い直してパンチインしても音がそのままつながる。コールドプレイの「Hymn for the Weekend」に客演したときも、ビヨンセ側は251を希望しました。この曲のプロデューサー、リック・シンプソンの証言です。
▶ Coldplay - Hymn for the Weekend — 曲のあちこちに重なってくるビヨンセの声
🔹 宇多田ヒカル — 自前のELA M 251E
251の愛用者は日本にもいます。『初恋』(2018)をミックスしたスティーヴ・フィッツモーリスは、ソニーのインタビューで、宇多田ヒカルの歌録りはテレフンケン ELA M 251EとNeveのマイクプリだと話しました。251は本人の持ち物です。
歌録りを担当したエンジニアの小森雅仁の話がまたいいんですよね。最初のテイクで、試したいマイクといつもの251を2本並べて同時に録り、聴き比べる。それを何度かやっても、251に勝てたことがないそうです。例外は1曲だけ。メロディの音域が低い「夕凪」では、小森が持ち込んだChandler LimitedのREDD Microphoneが採用されました。
▶ 宇多田ヒカル - 初恋 — 自前の251で録ったアルバムの表題曲
④ ヒップホップと今どきのポップス — C-800G、U87 Ai、そして宅録 🎧
🔹 エミネム — ソニー C800
エミネムの『Recovery』(2010)を録ったエンジニアのマイク・ストレンジは、歌のチェーンはソニー C800にAvalon 737のマイクプリだったと明かしています。ドクター・ドレーが使うマイクで、エミネムもずっとこれ。思わず笑ってしまうのが、使いすぎてすぐ壊れるので、何本も置いてあるというくだりです。
ソニー C-800Gは、1992年発売の真空管コンデンサーマイク。日本のメーカーが作ったマイクが、海外のR&B・ヒップホップの定番になったわけです。最近の例ではポロ・G。エンジニアのトッド・ハートは、「RAPSTAR」が入ったアルバムの歌をC-800Gで録ったと話しています。
国内にも愛用者がいます。三代目 J SOUL BROTHERSのØMIは、サウンド&レコーディング・マガジンの取材で、いろいろ試しても結局C-800Gに落ち着くと語りました。どんな曲を歌っても、プロデューサーやエンジニアから、C-800Gだときれいに録れると言われるんだそうです。
▶ Eminem - Not Afraid — C800で録った『Recovery』の代表曲
▶ Polo G - RAPSTAR — いまのヒップホップの歌に聞くC-800Gの音
▶ 三代目 J SOUL BROTHERS - R.Y.U.S.E.I. — ØMIがボーカルを務めるグループの代表曲
🔹 フューチャー — ノイマン U87 Ai
U87は業界標準と呼ばれるマイクです。フューチャーの現場では、これが録音の条件になっていました。エンジニアのセス・ファーキンスは「Draco」のとき、どのスタジオでもU87 Aiを頼み、なければ別のスタジオへ移ると話しています。チェーンはU87 Ai → Neve 1073 → Tube-Tech CL 1Bでした。
▶ Future - Draco — オートチューンの向こうに聞こえる、芯のある中域

ノイマン U87 / 出典: Michael Rhys / CC BY 2.0 via Wikimedia Commons
🔹 『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』 — 251とU87を並べて
Netflixのアニメ映画『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』のサウンドトラックは、韓国・LA・ニューヨーク・タイ・ロンドンで1年半かけて録られました。ミックスを手がけたカーティス・ダグラスによると、歌の8割ほどはテレフンケン 251とU87を並べて立てて録ったもの。251はポップスの歌録りの「聖杯」、U87は外しようのない保険、という言い方をしています。ただ、どの曲がどちらのマイクだったかまでは明かしていません。
▶ HUNTR/X - Golden — 『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』公式リリック・ビデオ
🔹 ビリー・アイリッシュ — AT2020 → TLM 103 → 251
ビリー・アイリッシュのマイクを順番に並べると、そのまま成長の記録になります。デビュー曲「ocean eyes」は、兄のフィニアスがオーディオテクニカ AT2020で録りました。1万円台で買える入門用のコンデンサーマイクです。1stアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』はノイマン TLM 103。フィニアスはSound On Sound誌で、TLM 103は誰にでも薦めると言っています。2ndアルバム『Happier Than Ever』のころにはテレフンケン 251に替えたそうです。
▶ Billie Eilish - ocean eyes — 入門機のAT2020から始まったデビュー曲
▶ Billie Eilish - bury a friend — 寝室で、TLM 103で録った1stの曲

ノイマン TLM 103 / 出典: Tiago Cassol Schvarstzhaupt / CC BY 2.0 via Wikimedia Commons
🛒 audio-technica AT2020 — サウンドハウス
🔹 Ado — クローゼットとWA-87 R2
寝室で録る人がいれば、クローゼットで録る人もいます。Adoは『残夢』(2024)を出したとき、サウンド&レコーディング・マガジンのインタビューで、「歌ってみた」は自宅のウォークイン・クローゼットで録っていると話しました。服をたくさん掛けたまま、壁に防音材を貼って響きを抑えた空間です。マイクはWARM AUDIO WA-87 R2、オーディオインターフェースはSSL 2+、DAWはLogic Pro。WA-87はヴィンテージのU87を手本にしたマイクです。
オリジナル曲はスタジオで録るそうですが、驚くのはその先。自宅でもスタジオでも、録音は自分ひとりなんです。人に見られながら歌うのが苦手で、止めて、また歌って、を自分のペースで素早く回したいから、と本人は説明しています。
▶ Ado - 唱 — 『残夢』収録。スタジオでもひとりで録るというAdoの歌
🛒 WARM AUDIO WA-87 R2 — サウンドハウス
🔹 エド・シーラン — sE Z3300a
エド・シーランのデビューアルバム『+』(2011)は、メインの歌がほぼ全部sE Electronics Z3300aでした。プロデューサーのジェイク・ゴズリングがSound On Sound誌で明かしています。名機ではなく、手の届く価格帯のコンデンサーマイクです。『÷』ではヴィンテージのU47やSontronics Ariaを使った、とエンジニアのジョー・ルーベルは話しています。
▶ Ed Sheeran - The A Team — 手ごろなコンデンサーマイクで録ったデビュー曲
⑤ ダイナミックマイクで歌った名曲 🔊
🔹 マイケル・ジャクソン — シュア SM7
エンジニアのブルース・スウェディエンは、マイケル・ジャクソンのリードボーカルの大半をシュア SM7で録りました。「Billie Jean」も、『Bad』の「The Way You Make Me Feel」もそうです。SM7はもともとラジオ局向けに出たダイナミックマイク。それをあれだけの大作の歌に使ったものだから、首をかしげる人もいたとスウェディエン本人が振り返っています。Wikipediaには、「P.Y.T.」の歌はSM7だけで録られたと書かれています。
同じ「Billie Jean」で、バイオリンはAKG C414 EBでした。1曲の中でもそうやってマイクを使い分けていたんですね。
▶ Michael Jackson - Billie Jean — SM7で録ったリードボーカル

シュア SM7 / 出典: The Midnite Wolf / CC0 via Wikimedia Commons
🔹 デュア・リパ — SM7を手に持って
「Don't Start Now」(2019)のプロデューサー、イアン・カークパトリックによると、デュア・リパは彼のスタジオではテレフンケン 251かSM7で歌います。そしてこの曲の歌は、かなりの部分がSM7を手に持って歌ったテイク。スタンドに固定したマイクの前より、握って歌うほうが楽に声が出るシンガーはけっこういます。
▶ Dua Lipa - Don't Start Now — 手持ちのSM7で録った歌
🔹 プリンス — ゼンハイザー MD 441
「Kiss」(1986)のエンジニア、デヴィッド・Zは、当時のプリンスがゼンハイザー MD 441に夢中だったと話しています。プリンスが好んだのは、コントロールルームの卓のすぐ横にマイクを立てて、ひとりで歌うやり方。エンジニアのスーザン・ロジャースも同じことを語っています。信号の経路だけ組んで部屋を出ると、あとはプリンスがひとりで歌を録っていたそうです。
▶ Prince and the Revolution - Kiss — コントロールルームで、MD 441で歌ったボーカル

ゼンハイザー MD 441 / 出典: Roadside Guitars / CC BY-SA 2.0 via Wikimedia Commons
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🔹 ボノ(U2) — シュア SM58
『Achtung Baby』(1991)のエンジニア、ロビー・アダムスは、ボノの歌をほとんどSM58で録ったと言います。ボノはヘッドホンをせず、コントロールルームで大きく鳴らしたモニタースピーカーの前で歌いました。スピーカーの音がマイクにかぶっても、歌のほうが大事という考え方です。『Pop』(1997)のプロデューサー、フラッドも「ボノの歌はいつも通り全部SM58」と話しています。
▶ U2 - One — 『Achtung Baby』から。SM58で録った歌

シュア SM58。1966年に登場したライブ用ボーカルマイクです / 出典: ChrisHH / CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons
🔹 ビョーク — SM58、そして251
冒頭の場面の主人公です。『Volta』と『Biophilia』を録ったエンジニアのデイミアン・テイラーによれば、ビョークは何年も手持ちのSM58にこだわってきました。ヘッドホンなしで、コントロールルームのスピーカーからオケを聴きながら歌います。ところが『Vulnicura』(2015)では、テレフンケン 251にNeve 1081のマイクプリ。こちらはエンジニアのクリス・エルムズの話です。こだわりの1本があっても、アルバムごとに替わることはあるんですね。
▶ Björk - Crystalline — 『Biophilia』から。手持ちのSM58で歌ったボーカル
▶ Björk - Lionsong — 『Vulnicura』から。251で録った歌
🔹 ブルース・スプリングスティーン — シュア SM57を2本
『Nebraska』(1982)はスタジオではなく、ニュージャージーの自宅の寝室で録ったアルバムです。機材はシュア SM57が2本と、TEAC 144 Portastudio(4トラックのカセットMTR)だけ。もともとはバンドで録り直すつもりのデモでした。ところがバンド版がデモを超えられず、このカセットがそのままアルバムになります。
▶ Bruce Springsteen - Atlantic City — SM57とカセット4トラックで作ったアルバムの代表曲

シュア SM57。楽器用として有名な、SM58の兄弟マイクです / 出典: E bailey / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons
⑥ リボンマイクはいまも現役 🎸
🔹 ローリング・ストーンズ — ロイヤー R-121
リボンマイクは、いまではギターアンプの前で見かけることのほうが多いかもしれません。『Hackney Diamonds』(2023)の「Rolling Stone Blues」で、キース・リチャーズはピックアップを付けたギブソン L-5をフェンダー・ツインで鳴らしています。エンジニアのポール・ラマルファは、そのアンプにノイマン U67とロイヤー R-121を一緒に立てたと話しました。リボンは高域をおとなしく拾うので、ギターの耳に刺さる成分がやわらぎます。
▶ The Rolling Stones - Rolling Stone Blues — アンプ前のU67とR-121で録ったギター

ロイヤー R-121 / 出典: Todd Williams / CC0 via Wikimedia Commons
⑦ 同じマイクを買えば同じ音になる? 🤔
ここまで読むと、U47や251が欲しくなってきます。でも、例をもう一度見直すと答えが見えてきます。
シナトラとテイラー・スウィフトはどちらもU47なのに、音はまるで違う。同じSM58でも、ボノは荒くて太く、ビョークは細くて鋭く聞こえます。マイクより先に声が違い、その次がどこで歌ったか。ボノもビョークもプリンスも、ブースではなくコントロールルームで歌いました。そのあとにマイクプリ、コンプ、そして何十テイクのうちどれを選んだか、が続きます。
「Rolling in the Deep」がいい例です。マイクはヴィンテージの名機ではなかったし、録音もデモでした。それでもあの歌が完成版になったのは、あの日のあのテイクがよかったからです。
かといって、マイクは何でもいいという話でもありません。腕のいいエンジニアがマイクを選ぶ基準は、だいたいひとつ、この声に合うかどうかです。宇多田ヒカルの歌録りで251が負けなかったのも、エミネムにC800、マイケル・ジャクソンにSM7、ビョークにSM58だったのも、同じ理由です。
よくある質問
Q. 宅録用の最初の1本は何を買えばいいですか?
A. この記事の例だけでも幅はかなり広いです。ビリー・アイリッシュはAT2020から始めましたし、スプリングスティーンはSM57でアルバムを作りました。響きの多い部屋なら、かぶりを拾いにくいダイナミックマイク(SM58やSM7B)。静かで吸音もできている部屋なら、コンデンサーマイクが扱いやすいです。Adoのクローゼットのように、高いマイクより先に部屋をデッドにするほうが、音の差は大きく出ます。
Q. SM7Bはなぜあんなに人気なんですか?
A. マイケル・ジャクソンの「Billie Jean」の話がひと役買った、とはよく言われます。実際のところ、部屋の響きを拾いにくく、口を近づけて歌っても音が崩れにくいので、自宅で使いやすいんです。ただ出力が小さく、ゲインをかなり上げることになります。マイクプリが非力なオーディオインターフェースだと、ノイズも一緒に上がってくるので注意してください。
Q. ヴィンテージのU47と、いま売っている復刻版は違うものですか?
A. 違います。本物の1950年代のU47はそもそも出物が少なく、真空管などの部品も手に入りにくい。個体差もあります。だからテレフンケンのようなメーカーが、昔の設計をなぞった復刻版を出しているわけです。テイラー・スウィフトの『evermore』は、その復刻版のU47で録られました。
Q. ライブ用のマイクで録音してもいいんですか?
A. 大丈夫です。ボノとビョークがその証拠。ダイナミックマイクは周りの音を拾いにくいので、ヘッドホンなしでスピーカーを鳴らしながら歌っても録音として成り立ちます。マイクを握らないと歌が出てこないタイプの人なら、むしろそのほうが合っているはずです。
まとめ
最初の場面に戻りましょう。高価なノイマンを二音節で返して、SM58を握り直したビョーク。
あのマイクを選んだ理由は、値段ではないんですよね。握ったときにいちばんいい歌が出たからです。シナトラにとってはオーケストラを突き抜けるU47が、マイケル・ジャクソンにとっては放送用のSM7が、宇多田ヒカルにとっては自前の251が、そういう1本でした。
好きな曲があったら、その歌を録ったマイクを一度調べてみてください。意外と地味なマイクだったりして、自分の部屋にあるマイクを見る目が少し変わるはずです。
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