2026年9月10日木曜日

最近のポップスはなぜ似て聞こえるのか — 46万曲を測ってみたら

プレイリストを流しながら作業していて、ふとこう思うことがあります。いま曲が変わったんだっけ。それともさっきの曲がまだ続いている?

悪い曲だからではありません。よくできているし、よく混ざっているし、どこも文句のつけようがない。なのに前の曲と区別がつかない。

これを年のせいだとか、最近の音楽はだめだという話にするつもりはありません。そう結論づけると楽ではあるのですが、実際に測ってみた人たちがいるんです。今日はその数字を見て、なぜそうなったのかを追いかけてみます。そして最後に、少し居心地の悪い話をひとつ。同じことが、いま自分の曲でも起きているという話です。

① 本当に似てきたのか、それとも気のせいか 🤔

「最近の曲はどれも同じだ」という言葉はいつの時代にもありました。1960年代にもあったし、1980年代にもあった。たいていは年配の人が言う言葉で、たいていは外れていました。

だからこの問いは、感覚で答えてはいけません。測る必要があります。

問題は「似ている」をどう測るかです。曲を聴いて点数をつけたら、それは結局のところ好みですから。そこで研究者たちは人の判断を外して、音源そのものから取り出せる値だけを見ました。

② 46万曲を測ってみたら 📊

2012年にスペインの研究チームが出した論文があります。ミリオン・ソング・データセットという大規模な音源データから、1955年から2010年までの曲464,411本を選び、三つの値の変化を追いかけました。

三つとはこれです。

🔹 音高 — どの音とどの音が続いて鳴るか。コードとメロディの材料です。

🔹 音色 — 音の色や質感。どの楽器をどう録ったかがここに入ります。

🔹 ラウドネス — 音源そのものに刻まれた音量。聴く人がボリュームつまみで変えるあの音量ではなく、ファイルの中にすでに入っている大きさのことです。

結果は三つとも同じ方向でした。

音高 — つながる組み合わせが減った

ある音から次の音へ移る経路の種類が狭くなりました。使っていたものだけを使うようになった、ということですね。

音色 — よく使われていたものが、さらによく使われるようになった

論文の表現を借りれば、音色のパレットが均質化しました。人気のある音色の比重がどんどん大きくなっていったんです。

ラウドネス — 平均が上がり続けた

そして上がったぶんだけ、ダイナミクスの幅が狭くなりました。

📌 この研究を読むときに気をつけること

これは「最近の音楽が悪い」という結論ではありません。論文が測ったのは多様性の幅であって、良し悪しではないんです。しかも材料はあくまでデータセットが自動抽出した数値なので、人が譜面を見て分析したものとは違います。大きな流れを見るには使えますが、一曲ごとの判定には使えません。

もうひとつ、日本の読者として押さえておきたい点があります。この研究が対象にしたのは西洋の大衆音楽です。 J-POPに同じ測定をかけた大規模な研究は、少なくとも私は見つけられませんでした。ですので「日本でも同じことが起きている」と言い切ることはできません。ただ、後で見る原因のほうは国境と関係なく効いてきます。

そして論文で面白いのは別のところにありました。50年以上ほとんど変わらなかった値のほうがずっと多かったという点です。研究チームはこれを、この種の音楽にはかなりの慣習性があると表現しました。変わったのは一部だけで、残りはもともと決まった枠の中にあったわけです。

③ 音色がまとまった理由 — 道具が同じになった 🎛️

ここから先は論文の外の話で、私の推論です。 実際に測った人はまだ見ていません。ただ作る側から見ると、理由はかなり分かりやすいと思います。

1970年代にキックドラムの音を決めるには、こういうものが必要でした。どのドラムを使うか、どのヘッドを張るか、どの部屋で叩くか、どのマイクをどこに立てるか、どのプリアンプを通すか。選択肢が掛け算で増えるので、結果もバラバラでした。

いまは違います。キックの音を決める作業は、たいていサンプルライブラリから一つ選ぶことです。そしてそのライブラリを、世界中の制作者が一緒に使っています。

・同じサンプルサービスからダウンロードする
・そのサービスの人気ランキングが、何を使うかを決めてしまう
・シンセは同じ数種類で、プリセットも最初から入っているものを使う
・プラグインも「みんな使っている」数個に絞られる

掛け算が足し算に変わったわけです。しかも人気ランキングがあると偏りは加速します。 よく使われるものが上に上がり、上にあるからさらに使われる。

⚠️ 誤解のないように

サンプルやプリセットを使うのが悪いという話ではありません。私も使います。いい道具が安く手に入るようになったのは明らかにいいことで、おかげで部屋で一人で作った音楽が世に出るようになりました。ただ全員が同じものを使えば結果が似るという副作用がついてくる、というだけです。

④ コードが単純になった理由 — 検証されたものだけが残る 🔁

音高のほうには、少し違う力が働いています。

昔は曲が成功したかどうかを知るのに時間がかかりました。ラジオでかけて、盤をプレスして、反応を待つ。だから何が効くのかという情報が、遅くてぼんやりしていたんです。

いまは即座に分かります。どの曲が何回再生され、どこで止められ、どの区間が繰り返し聴かれたかが数字で出てきます。

情報が正確になると検証された側へ集まっていく。 数字のいい進行があればそれを使うようになり、それがまた数字を作る。これは怠慢とか商売っ気の問題というより、フィードバックが速くなれば自然に起きることに近いと思います。

🔹 ひとつ付け加えると

盗作訴訟が増えたことも無関係ではない、という話もあります。珍しい進行ほど誰かのものと似ているという主張が出やすいので、いっそありふれたものだけを使うほうが安全だという理屈ですね。ただしこれは業界で言われている話で、数字で確認されたものではありません。

⚠️ 著作権に関する記述は参考情報です

この記事の著作権・訴訟に関する記述は一般的な背景説明であって、法律の助言ではありません。実際の紛争や契約が絡む場面では、必ず専門家に確認してください。

⑤ 少数の手 🎚️

もうひとつ、単純な理由があります。同じ人が作れば似て聞こえます。

スウェーデン出身のプロデューサー、マックス・マーティンはビルボードHot100の1位曲を20曲以上手がけています。プロデューサー部門では歴代最多。1999年のブリトニー・スピアーズのデビュー曲を皮切りに、その後20年以上、違うアーティストの名前で出たヒット曲のかなりの部分が同じ人の手を通っています。

▶ Britney Spears - ...Baby One More Time

チャート上位でこういう集中が起きれば、聴く側からするとアーティストが違うのに似て聞こえるのは当たり前です。実際に作った人が同じなのですから。

⑥ でも、これは初めてではない 🏭

ここまで読むと、いまが特別ひどいように見えます。ところが昔の音楽を覗いてみると、話が少し変わってきます。

モータウンは1959年から1972年まで、デトロイトでヒット曲を作り続けました。この時期のモータウン盤の伴奏の大部分を演奏していたのは、ファンク・ブラザーズというハウスバンドでした。「My Girl」も、「I Heard It Through the Grapevine」も、「Ain't No Mountain High Enough」も、同じ演奏者たちが弾いています。アーティストは次々変わるのに、後ろで音を作る人はそのままだったわけです。

▶ The Temptations - My Girl

しかも彼らはほとんどの盤に名前すら載りませんでした。 聴く人は別々のグループの曲だと思っていたのに、実際には同じ部屋で同じ手によって作られた音だったんです。

同じ時期、ニューヨークのブリル・ビルディングでは作曲家たちがオフィスに出勤して曲を書いていました。一つの建物からヒット曲が大量に生まれています。

🔹 では何が違うのか

構造は驚くほど似ています。少数の制作者、繰り返される公式、検証されたものの再利用。

ただ一つだけ違います。モータウンの均一さはその部屋にいる人たちの手癖から生まれました。世界に一つしかない均一さだったんです。だから私たちはいまでもあの音を「モータウンサウンド」と呼びます。

いまの均一さは世界中が同じライブラリを共有することから生まれます。特定の地域や特定のスタジオの色ではなく、どこでも同じ音になってしまう。これがより悪いという意味ではありませんが、性質が違うのは確かです。

⑦ 自分の曲でも起きている 🪞

ここまでは他人の話でした。ここからが居心地の悪いほうです。

さきほどの三つの力は、大手の制作現場にだけ働くのでしょうか。違います。むしろ一人で作る側により強く働きます。 大手には少なくとも自分たちの楽器とスタジオがありますが、私たちにはダウンロードしたライブラリしかないのですから。

一度確かめてみてください。

🔹 去年作った曲を三つ並べて聴いてみる

キックは同じサンプルですか。スネアはどうですか。コード進行は何種類ありますか。三曲のテンポ差は10 BPM以内に収まっていませんか。

🔹 リファレンスを何曲使っているか

同じ二、三曲をずっと基準にしているなら、その曲の特徴が自分の曲へ少しずつ移ってきます。いい基準ではあるのですが、幅は狭くなります。

🔹 プリセットをどれくらい触るか

プリセットを呼び出したあとパラメーターを一つも動かしていないなら、その音は同じプリセットを使った他人の曲とまったく同じ音です。

📌 処方はごく簡単です

制約を一つかければいいんです。次の曲で普段使わないものを一つだけ決めておく。使わないテンポ帯、使わない楽器、使わないキー。一つで十分です。二つ以上かけると曲が終わりません。

⑧ Q&A 💬

Q. では似せて作るのは悪いことですか。

いいえ。聴く人が馴染みのある音を好むのは事実ですし、売れる曲を作るのが目的なら検証されたものを使うのは合理的です。ただ気づかないまま似ていくのと、分かったうえで選ぶのは違います。この記事は後者をやりましょうという話です。

Q. ラウドネスはストリーミングのノーマライゼーションで終わった問題では。

音量競争そのものはかなり力を失いました。プラットフォームが再生時に音量を揃えてしまうので、大きく作る理由が減ったんです。ただしすでに潰して作られた音源のダイナミクスは戻ってきません。 潰しておいてボリュームだけ下げれば、小さくて平たい音になるだけですから。

Q. 数字のいいコード進行を知ることはできますか。

個人の制作者が見られるのは自分の曲の再生データくらいです。曲単位の成績データは配信会社やプラットフォーム側にあります。ですから「数字に合わせて作る」というのは大手の現場の話で、こちら側ではよく耳にするものを追いかける程度ですね。

Q. この研究のあとに出た後続研究はありますか。

似た方向の分析はいくつも出ていますが、結果が完全に一致しているわけではありません。データセットと測定方法によって結論が変わる領域なので、一つの論文を正解のように引用するのは危険です。 今日紹介したものも、大きな流れを見るための参考資料として受け取ってください。

⑨ 今日やること ✍️

10分あれば終わります。

1. 最近作った曲を三つフォルダから取り出す
2. それぞれのテンポを書き出す
3. キックのサンプル名も横に控えておく
4. 最後にコード進行を書き出す
5. 三つを並べて眺める

重なっているものが二つ以上あれば、それはスタイルかもしれないし、惰性かもしれません。見分ける方法は一つだけです。わざと違うものを一曲作ってみること。 作ってみて気に入らなければ、それはスタイルで合っています。

まとめ

最近のポップスが似て聞こえるのは、気のせいだけではありません。46万曲を測った結果がそう出ていますし、そうなるだけの理由もあります。道具が同じになり、何が効くのかがあまりに速く分かるようになり、作る人が少数に集まっている。

とはいえこれは初めて起きたことでもないし、それ自体が悪いことでもありません。モータウンも同じ人たちが同じ部屋で作り続けましたし、私たちはその音をいまでも好きです。

本当に大事なのはここです。自分がその流れの中にいると分かっているかどうか。 分かっていればいつでも一歩引けますが、分かっていなければただ流されます。次の曲で一つだけ違うことをしてみてください。それで十分です。

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2026年9月9日水曜日

明るいだけで陰りがないとき — 別のキーからコードを借りてくる

曲をひととおり作って聴き返すと、こういうときがあります。明るいのは明るい。でもずっと明るいだけ。サビで大きくはなるのに、引っかかるところがない。どこも間違ってはいないのに、聴き終わって何も残らない。

明るい曲がだめだという話ではありません。問題は明るさしかないことです。陰りが一度も通らないから、明るさが明るく聞こえない。

今日は曲の途中に陰りをひとマスだけ入れてみます。転調するわけでも、難しいコードを新しく覚えるわけでもありません。すでに知っているコードの指を一本ずらすだけで、一瞬だけ暗くする話です。

① なぜ明るいだけになるのか 🎹

Cキーで曲を作ると白鍵しか使いません。その上に一つ飛ばしでコードを積むと七つできます。

C (ド・ミ・ソ) / Dm (レ・ファ・ラ) / Em (ミ・ソ・シ) / F (ファ・ラ・ド) / G (ソ・シ・レ) / Am (ラ・ド・ミ) / Bdim (シ・レ・ファ)

この中に暗いコードもあります。Dm、Em、Amはマイナーコードですから。でもこれをいくら混ぜても、曲全体の明るさはあまり変わりません。

理由があります。七つが全部、同じ七つの音でできているからです。 Amを弾いてもCを弾いても、耳に入ってくる音の集合はドレミファソラシで同じ。コードの形が違うだけで材料は変わりません。だからマイナーコードが出てきても「この曲の中の暗い場所」くらいにしか聞こえず、曲そのものは曇らないんです。

本当に陰りを作るなら、ここにない音が入ってこないといけません。ドレミファソラシの外側の音です。

その音をどこから持ってくるか。適当に持ってくると、ただ間違えた音に聞こえます。確実に効く仕入れ先がひとつあります。

② 同じドから始まる、別のスケール 🌗

ドから始まる短音階です。

二つを並べてみます。

🔹 Cメジャー — ド レ ミ ファ ソ ラ シ

🔹 Cマイナー — ド レ ミ♭ ファ ソ ラ♭ シ♭

始まりの音は同じ。どちらもドです。ところが三か所だけ半音下がっています。三番目、六番目、七番目。

こうして始まりの音が同じ長調と短調の関係を同主調と呼びます。

⚠️ 混同しやすいところ

CメジャーとAマイナーもセットで語られますが、あれは別の関係です。この二つは使う音がまったく同じ。白鍵七つをドから数えるかラから数えるかの違いだけなので、Aマイナーから借りてこられる新しい音はありません。

今日必要なのは音が違うほう、つまりCマイナーです。

Cマイナーが持っている新しい音は三つ。ミ♭、ラ♭、シ♭。 全部黒鍵ですね。今日やるのは、この三つの音が入ったコードをCキーの進行の中に一瞬だけ連れてくることです。

これを借りてきたコードと呼びます。借用和音、モーダルインターチェンジ — 呼び方はいくつもありますが、三つとも同じものを指しています。

📌 なぜ「借りる」と言うのか

持ってきて居座るのではなく、一〜二小節だけ使って返すからです。曲の中心はずっとCメジャーのまま。転調ではなく、一瞬だけ陰りが通り過ぎる。この感覚が大事です。長く引っぱると、借りたのではなく引っ越したことになります。

③ 借りてこられるコード 🗺️

Cマイナースケールの上にも同じようにコードを積むと七つできます。そのうち実際によく使うのは四つです。

🔹 Fm (ファ・ラ♭・ド) — 4番目

元のF(ファ・ラ・ド)の真ん中のラだけをラ♭に下げたコードです。指を一本動かせば終わり。四つの中でいちばん使われて、いちばん目立たないのにいちばんよく効きます。

🔹 B♭ (シ♭・レ・ファ) — 7番目

Cキーに元々ないシ♭が入ってきます。明るいのに少し横にそれる音がしますね。ロックやフォークではごく普通に出てきます。

🔹 A♭ (ラ♭・ド・ミ♭) — 6番目

新しい音がラ♭・ミ♭の二つあるので落差が大きい。急に画面が暗くなる感じがします。

🔹 E♭ (ミ♭・ソ・シ♭) — 3番目

Cコードのミをミ♭に下げた場所に立てたコードです。明るい曲を一瞬でグレーにします。

残りの三つ(Cm、Ddim、Gm)はあまり使いません。Cmは曲の中心コードそのものを暗くしてしまうので「借りる」より転調に近いですし、Gmを置くとCへ戻る力が消えてしまいます。

💡 四つとも覚える必要はありません
Fmひとつから始めてください。 実際の曲で使われる比率が圧倒的です。残りはFmが手に馴染んでから一つずつ増やせば十分です。

④ いちばん使うひとつ — Fm 🎯

Fmがなぜそんなに効くのか。音を一つ追うだけでわかります。

F (ファ・ラ・ド) → Fm (ファ・ラ♭・ド) → C (ド・ミ・ソ)

真ん中の音だけ見てみましょう。ラ → ラ♭ → ソ。

半音ずつ下りています。ラからラ♭が半音、ラ♭からソがまた半音。三つのコードを通る間に、一つの声が階段を二段下りているわけです。

耳はこの動きをとてもよく追いかけます。コードが三回変わったのではなく、一人がゆっくり腰を下ろしたように聞こえるんですね。だから異物のような音が入ってきているのに浮かず、代わりに少ししびれるような感じだけが残ります。

このF → Fm → Cをマイナープラガル終止と呼びます。名前は覚えなくていいです。ただFを経由してFmへ行く順番は覚えておいてください。Fなしでいきなり Fm に入ると階段が一段消えるので、ずっと唐突に聞こえます。

⚠️ Fmの次にどこへ行くか

Fmの次はCが基本です。ラ♭がソへ下りて着地しますから。Gへ行ってもいい(ラ♭ → ソは同じ)のですが、こちらは曲がまだ終わっていない感じが残ります。サビの最後ならC、次のAメロへ渡すならGのほうが自然です。

⑤ 残りの三つ — B♭・A♭・E♭ 🎨

🔹 B♭ — 横にそれる明るさ

CキーでB♭ → Cと入ると、G → Cとはまったく違う着地になります。G → Cが「元の場所に戻った」なら、B♭ → Cは「押して到着した」に近い。爽快ですが端正ではありません。ギターで弾く曲に特によく合います。

🔹 A♭ → B♭ → C — 三つをつなげる

借りたコードを二つ続けてからCへ入る形です。二段上がって到着するので押し込む力が強い。サビの直前や曲の最後の一発に向いていて、逆にAメロの途中で使うと大きすぎます。

🔹 E♭ — 一度だけ

四つの中でいちばん強い。Cコードの明るさを正面からひっくり返す場所なので、鳴った瞬間に曲の性格が変わったように聞こえます。だから一曲に一回が適量。二回出てくると、もうこの曲の元の色として聞こえ始めます。

📌 強さの順番

Fm < B♭ < A♭ < E♭ の順に強くなります。新しく入ってくる音の数とだいたい比例しますね。Fmはラ♭ひとつ、B♭もシ♭ひとつですがコードの根っこ自体がキーの外にあるので少し強く、A♭とE♭は二つずつ入ってきます。

⑥ 実際の進行に入れてみる 🎼

よくある進行を一つ置いて、変えてみます。

元 — C / Am / F / G

四小節回すと安定はしていますが、ずっと同じ明るさです。ここを一小節だけ触ります。

変えた形① — C / Am / F / Fm

三小節目のFを二拍ずつに割ってF → Fmにし、Cへ戻ります。いちばん安全で、いちばんよく使われる形です。

変えた形② — C / Am / F / Fm / C

いっそ一小節足して着地まで見せる形。サビの最後の二小節に入れると、曲が閉じる感じがはっきりします。

変えた形③ — C / Am / A♭ / B♭ / C

Fの場所をまるごとA♭・B♭に置き換えた形。①よりずっと大きくなります。最後のサビ一回だけにしてください。

変えた形④ — C / B♭ / F / C

Aメロ全体をB♭で染める形。これは一瞬借りるのではなく曲の基本色を変えるほうなので、曲全体で一貫して使わないと浮きます。

🔹 どこに入れるか

入れる場所はだいたい決まっています。サビの最後の二小節、Aメロからサビへ渡る直前、間奏が終わって最後のサビに入る前。 どれも曲の温度が一度変わるべき場所ですね。逆にAメロの一小節目に入れると、まだ立ち上がってもいない明るさを曇らせることになるのであまり効きません。

⚠️ メロディも一緒に見ること

ここがいちばん事故が起きやすいところです。コードをFmに変えるとラ♭が鳴りますが、そのときメロディがラを持っていると半音が正面からぶつかります。コードがおかしいのではなく、メロディと合っていないんです。

三つのうちどれかで解決します。メロディもラ♭に下げる。その場所のメロディをドやファのように両方にある音へ変える。あるいはメロディがラを通る小節を避けて別の小節に入れる。

同じ理由で、A♭・E♭の場所ではメロディのミを、B♭の場所ではメロディのシを確認してください。

⑦ 実際の曲で聴く 🎧

読むより一度聴くほうが早いです。有名な三曲だけ見てみます。

🔹 ♭VII — ビートルズ「Hey Jude」(1968) アウトロ

「ナー ナー ナー」が延々と続くあの部分です。Fキーで、コードがこう回ります。

F → E♭ → B♭ → F

二つ目のE♭がFキーにないコードです。Fメジャーの七番目の音はミですが、それを半音下げたミ♭の上に立てたコード。この記事でCキーのB♭がやっていた役割とまったく同じ場所ですね。

聴いてみるとわかりますが、暗くは聞こえません。代わりに、端正に終わらずに転がり続ける感じがします。七分ある曲の後半を飽きさせずに引っぱっているのがこのコードです。

▶ The Beatles - Hey Jude

🔹 IVm — レディオヘッド「Creep」(1992)

コードが四つしかないのに三十年飽きられていない曲です。Gキー。

G → B → C → Cm

最後のCmが今日のコードです。Gキーに元々あるC(ド・ミ・ソ)のミをミ♭に下げてあります。四つ目のコードをマイナーに変えて頭のコードへ戻る形なので、Cキーで F → Fm → C とやっていたのと場所が同じです。

聴くときは四小節ひと回りのいちばん最後に耳を置いてください。明るく上がっていって、最後に一度陰ってまた頭へ戻ります。歌詞の内容を知らなくても、この部分で空気が沈むのが聞こえます。

▶ Radiohead - Creep

🔹 ♭VI → ♭VII → I — スーパーマリオブラザーズ コースクリア (1985)

ステージをクリアしたときに鳴る、あの短いファンファーレです。近藤浩治さんが作りました。

A♭ → B♭ → C (Cキーに換算)

借りたコードを二つ続けて、最後に明るいCへ着地する形。ベースが全音ずつ二回上がっていくのですが、二段連続で上がる動きは珍しいので耳がすぐ気づきます。ドミナントを経由せずに到着するので、格式ばった終わり方ではなく押し切って到着した感じになるんですね。

この進行があまりに有名で、英語圏では「マリオ終止」という呼び方まであります。勝利や達成の場面でこの響きがよく使われるのは、そういう理由です。

⚠️ この曲は公式チャンネルに音源がないためリンクは貼っていません。プレイしたことがあれば、もう耳が知っているはずです。

💡 三曲の共通点
どれも借りたコードが一〜二小節だけ鳴って、すぐ元の場所へ戻ります。 居座らない。今日の話はこれがすべてと言ってもいいくらいです。

⑧ セカンダリードミナントとどう違うのか 🔍

キーの外の音を持ってくる方法は、これ以外にもあります。行きたいコードの前に、そのコードへ向かう7thコードを立てるやり方ですね。どちらも黒鍵を連れてくる点が同じなので、よく混同されます。

違いは目的にあります。

🔹 前へ押すために使うほう

7thコードを置くと、その中の二つの音が半音で開こうとして次のコードへ引っぱられます。次に何が来るかを予告する装置ですね。動きを作るのが目的です。

🔹 色を変えるために使うほう

今日扱った借りてきたコードには、どこかへ引っぱっていく力がほとんどありません。代わりにその小節の温度を変えます。 進行はそのまま流れているのに、照明の色だけが変わる感じです。

一文にすると、片方はアクセル、もう片方はフィルターです。

📌 一曲の中に両方入っていると

さきほどの「Creep」の G → B → C → Cm が、ちょうど両方を並べて持っています。

二つ目のB(シ・レ♯・ファ♯) が押すほう。Gキーに元々あるコードはBm(シ・レ・ファ♯)ですが、真ん中のレをレ♯に上げてメジャーにしてあります。するとレ♯がミへ半音上がりたくなるので、Emに向かって強く引っぱられる。曲のほうはEmへ行かずCへ抜けてしまうのですが。

四つ目のCm(ド・ミ♭・ソ) が曇らせるほう。どこへも引っぱらず、色を一度落とすだけです。

押す装置と曇らせる装置が二小節おきに並んでいる構造なんですね。コード四つの進行が飽きられない理由がここにあります。

⑨ よくある失敗 三つ ⚠️

🔹 入れすぎる

一曲に借りたコードが五回も六回も出てくると、異物感が消えます。耳が「この曲は元々こういう色」と判断してしまうからです。そうなると陰りを入れた効果がなくなります。三〜四分の曲なら一〜二か所が適量です。

🔹 長く引っぱる

Fmを二小節、四小節と引っぱると、借りたのではなくそちらへ引っ越したように聞こえます。すると今度はCへ戻るときに違和感が出ます。半小節から一小節が基本です。

🔹 ベースを一緒に動かさない

コードだけFmにしてベースが前の音を持ったままだと、ラ♭が埋もれて何も変わって聞こえません。逆にベースだけでもファをはっきり取ってやれば、コードを薄く敷いても陰りがちゃんと出ます。借りてきたコードはベースが半分を担います。

⑩ Q&A 💬

Q. Cキー以外だとどう計算しますか。

場所で覚えればキーが変わってもそのままです。四番目のコードをマイナーにがFmにあたり、残りは三・六・七番目の音を半音下げて、その上にメジャーコード。Gキーなら四番目がCなのでCm、七番目の場所はF、六番目はE♭、三番目はB♭になります。

Q. Fmの代わりにFm7でもいいですか。

いいですよ。Fm7(ファ・ラ♭・ド・ミ♭)はミ♭が一つ足されるぶん、もう少し柔らかく広がります。バラードやシティポップ系なら7thを足したほうが合うことが多いですね。逆にロックなら三和音のFmのほうが硬くまとまります。

Q. 短調の曲では逆に借りられますか。

借りられます。Cマイナーの曲の最後のコードをCmではなくCで終わらせるのが代表例です。ずっと暗かった曲が最後の一コードで急に明るくなる。ピカルディの三度と呼ばれる、バロック期から使われている古い手です。

Q. どんな音色で弾くとよく聞こえますか。

音が長く伸びる楽器ほどよく聞こえます。ストリングス、パッド、オルガン、エレピあたりですね。逆に短く切れる音で弾くと、半音の差を耳がつかむ時間がないまま通り過ぎてしまいます。聞こえにくいと感じたら、コードが間違っているのではなく音色が短いだけかもしれません。

Q. 黒鍵が入ったら転調ですか。

違います。転調は曲の中心が移って、その後もずっと新しいキーに留まること。借りてきたコードは一〜二小節後に元の場所へ戻ります。戻るか戻らないかが基準です。

⑪ 今日やること ✍️

いま作っている曲を開いて、五分あれば終わります。

1. サビの最後の二小節を探す
2. そこに四番目のコード(CキーならF)があるか見る。なければ一小節をFにする
3. その小節を半分に割って、後ろをFmに変える
4. 次の小節をCにする
5. その区間のメロディにラがあるか確認し、あればドかファへ移す
6. コードの音色をパッドかエレピに変えて聴き直す

ここまでやったら、変える前と交互に聴いてみてください。違いが感じられないときは、ベースがファを取れているか確認すれば大丈夫です。だいたいそこで引っかかっています。

まとめ

借りてきたコードは派手な技術ではありません。指を一本、半音下げるだけです。

でもこれが曲の中でやっている仕事は思ったより大きい。明るさが続くと耳はすぐ慣れてしまいます。途中で一度陰りが通ってこそ、そのあとの明るさがまた明るく聞こえる。対比があって初めて明るさが生まれるんですね。

今日は四つ紹介しましたが、実際に必要なのはだいたい一つです。FをFmに変えてCへ戻る。 これだけ手に馴染ませても曲の締めくくりが変わります。残りはこれに慣れてから一つずつ出していけば十分です。

#DTM #音楽制作 #宅録 #DTMerと繋がりたい #コード進行 #音楽理論 #編曲 #メロディ #作曲 #作曲初心者

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2026年9月8日火曜日

マスタリングは任せるか自分でやるか — 判断の基準





ミックスが終わりました。何度も聴き返して直して、もう触るところが見当たらない。ところがここで止まります。この状態でリリースしていいのか、マスタリングというものをやるべきらしいがそれが何なのか、自分でやるのかお金を使うのか、判断がつかない。


この地点で、たいてい二つに分かれます。とりあえずリミッターをひとつ挿して上げてしまうか、何ヶ月もリリースを先延ばしにするか。今日はその間で判断できるように、マスタリングが実際にやっていることと三つの選択肢の条件を整理します。

① ミキシングとマスタリングは別の工程

いちばん大きな違いは扱う対象です。

ミキシングは数十本のトラックを個別に触ります。ボーカルを上げ、ギターを削り、ドラムにコンプをかける。個々の要素を調整して曲の中の関係を作る作業ですね。

マスタリングが扱うのはすでにひとつにまとまったステレオファイル1本です。ここではボーカルだけを持ち上げることはできません。曲全体を前にして、明るさ、厚み、広がり、音量を整えます。手を入れられる幅がずっと狭いわけです。

目的も違います。マスタリングの目的は大きく三つ。

🔹 他の曲と並べても違和感がないように — プレイリストで前後の曲と音量やトーンが近く聞こえるように。

🔹 どんな再生環境でも崩れないように — スマホのスピーカー、イヤホン、車、大きなスピーカー。そのどれでも成立するように。

🔹 技術的に問題のないファイルにする — クリップがなく、アルバムなら曲間や曲順まで。

ここから大事な結論がひとつ出ます。マスタリングはミックスを直す工程ではありません。 ボーカルが埋もれたミックスは、マスタリングを経ても埋もれたまま出てきます。低域が過剰なミックスは、過剰なまま大きくなるだけ。マスタリングに期待をかける前にミックスへ戻るほうが、ほとんどの場合は近道です。

② 選択肢は三つ

🔹 自分でやる — 0円。時間がかかり、自分の曲を客観的に聴きにくいという限界があります。

🔹 自動サービスに任せる — 1曲数ドルから月額まで。速くて一貫しています。

🔹 人のエンジニアに任せる — 1曲あたり数千円から数万円。いちばん高く、いちばんよく仕上がります。

三つのうちどれが正しいかという問いに答えはありません。ただどんな状況でどれが向くかは、かなりはっきりしています。

🔹 自分でやるのが向く場面

練習として上げる曲、デモ、SNSに載せる短いクリップ。そして何よりまだリリース経験が少ない場合です。マスタリングを自分でやってみて初めて、自分のミックスの弱点が見えてきます。リミッターをかけたときどこから先に崩れるかを見れば、次のミックスでそこを先に直すようになる。学ぶためにも、最初の数曲は自分でやってみることをおすすめします。

🔹 自動サービスが向く場面

曲数が多くて締切が近いとき、そして一貫性が要るときです。複数の曲を似たトーンで揃えたいのに自分でやる時間がないなら、合理的な選択でしょう。結果は無難な代わりに特別でもありませんが、たいていの場合は無難であれば十分です。

🔹 人に任せるのが向く場面

正式なリリース曲、アルバム単位の仕事、そして自分の耳に確信が持てないときです。良いエンジニアはマスタリングをするだけでなく「ミックスのここをこう直してもらえると、ずっと良くなります」というフィードバックをくれます。実のところ、このフィードバックのほうがマスタリングの成果物より価値が高いことも少なくありません。

③ 自分でやるときの最小チェーン

自分でやると決めたなら、複雑にする必要はありません。順番と原則さえ守れば大丈夫です。

🔹 まずミックスでヘッドルームを確保する

マスターフェーダーを下げて、ピークが-6dBあたりに来るようにします。そしてミックス段階のマスターバスに挿していたリミッターは外します。 リミッターを噛ませたままマスタリングを始めると、すでに潰れた音をさらに潰すことになりますから。

🔹 チェーンはこの順番が無難

① 広めのEQ — 狭く掘らず、±2dB以内で全体のトーンだけ整える。

② コンプレッサー — かかりは1〜2dBだけ。曲をまとめる程度で、押し込むためではありません。

③ サチュレーション — 任意。ごく少量で厚みが付きます。

④ リミッター — 最後。トゥルーピークが0を超えないようにするのが最低限の目標です。

🔹 判断は必ず音量を揃えた状態で

マスタリング用のプラグインをオンにすると音が大きくなり、大きくなれば無条件に良く聞こえます。そのため多くのプラグインには出力音量を自動で揃える機能が付いています。それをオンにして比べてください。そうしないと、良くなったのか大きくなっただけなのかを区別できません。

🔹 複数の場所で聴いてみる

スマホのスピーカー、イヤホン、ノートPCのスピーカー。とくにスマホで低域が出ないときに曲が成立しているかどうかが重要です。

④ 自動マスタリングは何が得意で何が苦手か

最近は曲をアップロードすると数分でマスターを返してくれるオンラインサービスがいくつもありますし、プラグインの中にも同じ機能が入っています。

代表的なのが iZotope Ozone のマスターアシスタントです。曲を分析してEQ、コンプ、リミッターの設定を自動で提案してくれます。最新の12ではどのモジュールを使うかを自分で選べるようになり、目標音量やジャンルの選択肢も増えました。ステム単位でEQをかける機能、低域を別途扱う機能、潰れすぎた音を戻す機能が新しく入っています。価格帯は入門版が55ドル、標準版が219ドル、上位版が499ドルほど。

🛒 iZotope Ozone — メーカー公式ページ。グレードの比較と体験版もこちらから

🔹 得意なこと

平均的に無難な結果を素早く出します。音量の基準を合わせること、明らかに過剰な帯域を抑えることは確実にやってくれる。そして出発点としてとても有用です。自動でかかった設定を開いてみれば「この曲は2kHzが多いと判断したんだな」といった情報が読み取れます。

🔹 苦手なこと

曲の意図が分かりません。わざと暗く作った曲を明るく戻したり、意図的に狭くしたステレオを広げてしまったりします。そして何より、ミックスの問題を教えてくれません。 人のエンジニアなら「ベースが8dBほど多いのでミックスで直してきてもらえますか」と言う場面で、自動処理はその状態のままマスターを作ってしまいます。

💡 ここが要です — 自動マスタリングは成果物として使うより、最初の提案として受け取って人が判断するという使い方がいちばん実用的です。

⑤ 任せるときに用意すること

人に任せるにせよサービスに任せるにせよ、送るファイルの状態が結果を大きく左右します。

🔹 マスターバスのリミッターとクリッパーを外す。 これがいちばん多いミスです。エンジニアが手を入れる余地が消えてしまいます。

🔹 ピークを-6dB付近に置く。 正確である必要はなく、0に張り付いてさえいなければ大丈夫。

🔹 元のサンプルレートとビット深度のまま送る。 24bit以上、ミックスしたそのままで。mp3に変換して送るのはやめましょう。

🔹 曲の前後に余裕を残す。 頭の音が0秒に張り付いていたり、残響が切れていたりすると困ります。

🔹 参考資料を一緒に送る。 リファレンス曲を1〜2曲と、「ボーカルがもう少し前だと嬉しいです」程度の一言があれば十分。長く書く必要はありません。

🔹 別バージョンが要るなら一緒に。 インストや放送用が必要になりそうなら、最初にまとめて送るほうが時間も費用も節約できます。

⑥ マスタリングでは直せないこと

期待を正しい場所に置くために書いておきます。以下はマスタリングの段階では解決しません。

🔹 埋もれたボーカル — 全体を明るくすれば、ほかも一緒に明るくなります。

🔹 位相のずれた低域 — ひとつにまとまったあとでは分離できません。

🔹 過剰なリバーブ — 残響はすでに混ざっています。

🔹 演奏や歌のタイミング — マスタリングの領域ではありません。

🔹 曲の構成の問題 — 退屈な曲はマスタリング後も退屈です。

このリストが長く感じられるなら、それだけミックスが結果の大部分を決めているという意味に読み替えてください。

🙋 よくある質問

Q. マスタリングをまったくせずにリリースしてはいけませんか?

技術的には可能です。ただしプレイリストで前後の曲より明らかに小さかったりトーンが浮いたりすると、聴く人はそれを感じ取ります。最低限、トゥルーピークの管理と音量の確認くらいはしてから上げるほうがいいでしょう。

Q. ミックスとマスタリングを同じ人がやってもいいですか?

できます。ただし同じ耳でやると、見落としがそのまま通ってしまう。同じ人がやるなら、せめて一日以上あけて聴き直すことをおすすめします。

Q. 自動サービスと人の結果は、そんなに違いますか?

平均的に無難な曲なら差は大きくありません。差が開くのは問題のあるミックスです。人は問題に気づいて対応するか差し戻しますが、自動処理は問題まで一緒に整えて出してしまいます。

Q. どれくらい大きくすべきですか?

ストリーミングサービスが音量を揃えてくれるので、無理に上げる実益はほとんどありません。トゥルーピークだけ0を超えないよう管理して、ダイナミクスを残しておくほうが今の基準には合っています。

Q. マスタリングプラグインのプリセットをそのまま使ってもいいですか?

出発点としては構いません。ただしプリセットをかけたあと、各モジュールをひとつずつオフにしてみてください。オフのほうが良いモジュールがあれば、それはこの曲に要らない処理です。

📌 ひとことでまとめると

マスタリングはミックスを直す工程ではなく、曲を世に出せる状態へ仕上げる工程です。最初の数曲は学ぶために自分で、一貫性が要るなら自動で、正式リリースなら人に。そしてどれを選ぶにせよ、リミッターを外したヘッドルームのあるミックスから用意しましょう。

みなさんはマスタリングをどうしていますか。私はデモは自分で、リリース曲は任せる、という形に落ち着きました。コメントで教えていただけたら一緒に考えてみたいです。

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2026年9月7日月曜日

特定の帯域だけやけに耳障りなとき — レゾナンスとディエッシング



ボーカルを録って聴き返すと、全体としては悪くありません。ところが特定の単語のところだけ、耳が思わずすくみます。「した」の「し」でピシッと刺さったり、ある一音でだけボワンと唸ったり。ギターも同じで、あるコードのときだけやけに痛い。

そこでEQを開いてその帯域を削ります。耳障りな音は消えます。ところが声まで一緒に痩せて、生気が抜けてしまう。問題は取れたのに、音まで死んだわけです。

この状況が今日のテーマ。問題が常にあるのではなく、ときどきしかないとき、その瞬間だけを選んでどう処理するか、という話をします。

① レゾナンスはなぜ起きるのか

レゾナンス(共振)は、特定の周波数だけがひときわ飛び出す現象です。原因はたいていこの4つのどれかになります。

🔹 部屋 — 壁と壁の間隔に合う周波数が部屋の中で増幅されます。宅録で低域がやけにボワつくのは、たいていこれが原因。

🔹 楽器そのもの — ギターのボディ、スネアの胴、人の声道(喉から口までの通り道)。どれにも固有の鳴りどころがあります。

🔹 マイクと距離 — マイクに近づくと低域が膨らみ、角度によって特定の高域が強調されます。

🔹 デジタル処理 — フィルターのQを上げたりサチュレーションを強くかけると、無かった山ができることも。

ここで肝心なのは、この山がいつも同じ大きさで存在するわけではないという点です。低い音を歌っているときは静かなのに、特定の音でだけ飛び出す。つまり問題は「この周波数が大きい」ではなく、「この周波数がときどき大きくなる」なのです。

歯擦音も同じ種類の問題です。「サ」「シ」「ス」といった音は6〜10kHz付近にエネルギーが集まりますが、それはその音が出ているときだけ。歌全体で見れば、その帯域はむしろ必要です。空気感と鮮明さがそこにあるのですから。

② 静的EQで抑えるとなぜ痩せるのか

前の一文を理解すれば、理由はすぐ出てきます。

静的EQは曲の最初から最後まで同じ量で働きます。問題が起きる瞬間に合わせて-6dB削れば、問題のない残りの区間でもずっと-6dB削られ続ける。 歯擦音を抑えようと8kHzを掘れば「サ」の音は穏やかになります。代わりに声全体がこもって、遠くなってしまう。

図にするとこうなります。必要なのは山が立ち上がったときだけ押さえる処理なのに、静的EQは床をまるごと削り下げる処理なのです。

③ いちばん手軽な出発点 — ディエッサー

歯擦音ひとつに絞れば、専用の道具がすでにたいていのDAWに入っています。ディエッサー(De-esser)です。

原理は単純。指定した帯域(だいたい5〜10kHz)のエネルギーを監視していて、その値が基準を超えたらその瞬間だけ削ります。超えなければ何もしません。コンプレッサーが特定帯域だけを担当する形だと思えば分かりやすいでしょう。

🔹 使う順番

まず周波数を決めます。多くのディエッサーには検出帯域だけを聴けるモードが付いているので、その状態で周波数を動かしながら「サ」の音がいちばんはっきり聞こえる位置を探します。女性ボーカルはおおむね上のほう、男性ボーカルは少し下にあることが多いです。次にスレッショルドを下げていって、歯擦音が穏やかになったところで止めます。

🔹 いちばん多い失敗

かけすぎです。「サ」の音が完全に消えると、発音がもごもごして聞こえます。歯擦音は消すのではなく、痛くない程度まで減らすのが目標。オンオフしながら「言葉が潰れる直前」で止めましょう。

🔹 ディエッサーを2つ使う手

ひとつで全部やろうとすると過剰になります。代わりに2つを浅くかける。ひとつは低いほう(5〜7kHz)、もうひとつは高いほう(8〜11kHz)を担当させて、それぞれ少しずつ働かせると、ずっと自然に仕上がります。

④ 問題が歯擦音だけとは限らない

歯擦音は場所が決まっているので専用の道具で捕まえられますが、レゾナンスはどこに出るか分かりません。ある曲では300Hz、別の曲では2.5kHz。しかも複数箇所に同時に出ることもあります。

こういうときに使うのがダイナミックEQです。ベルフィルターをひとつ作り、その帯域が基準を超えたときだけ削るように設定します。ディエッサーと原理は同じですが、周波数を自由に決められる点が違います。

🔹 手で捕まえる手順

① EQのスイープで問題の帯域を探す。ゲインを大きく上げてQを狭くしたまま左右に動かすと、顔をしかめてしまう位置が出てきます。

② その場所にダイナミックバンドを作る。

③ スレッショルドを下げながら、問題のある区間でだけメーターが動くように合わせる。静かな区間でもメーターが動き続けるなら、下げすぎです。

④ 削る量は-3〜-5dBもあればたいてい足ります。

この方式の利点は、問題のない区間の音をそのまま残せること。 声が痩せない理由がここにあります。

⑤ 自動で探してくれる道具

問題が3つ4つなら手で捕まえられます。ところが10箇所を超えてくると現実的に厳しい。しかも歌っているあいだに山の位置そのものが動き続けます。

そこで登場したのがレゾナンスを自ら探して抑える道具です。代表格が oeksound の soothe 系列。

動き方はこうです。入ってくる音の周波数分布をとても細かく観察して、周囲より飛び出している地点を見つける。そしてその地点にだけ狭いバンドを作って押さえます。音が変われば、バンドの位置もついて動く。人がダイナミックEQを何十個も並べてリアルタイムで周波数を動かす作業を、機械が代わりにやってくれるわけですね。

大事なのは周囲より飛び出したものだけを触るという点。だから全体のトーンはほぼそのままに、耳障りな部分だけを取り除けます。

🔹 soothe3 — 2026年5月、229ユーロ

最新版は2026年5月に出ました。以前のバージョンで別々だった2つのパラメーターをひとつにまとめて操作を単純化し、処理モードが2つに分かれています。やわらかいほうは基準線が音に合わせて動くのでより自然に、強いほうは以前のように固定した基準でしっかり押さえます。低レイテンシーのモードとマルチチャンネル対応も入りました。値段が値段なので、買う前にデモ版で自分の素材に本当に効くかどうか確かめることをおすすめします。

🛒 oeksound soothe3 — メーカー直販。同じページから体験版もダウンロードできます

🔹 同じことを無料で

TDR Nova にダイナミックバンドが4つあります。自動ではありませんが、問題の帯域が3つ4つなら、これで十分処理できるでしょう。DAW付属のマルチバンドコンプも帯域を細かく分ければ似た役割を果たします。自動の道具がなくてできないのではなく、手間が増えるだけなのです。

🛒 TDR Nova — Tokyo Dawn Records 公式配布ページ

⑥ かけすぎると起きること

この手の道具は効果が即座に出るので、つい手が上がっていきます。ところが過剰にかけると独特の副作用があります。

🔹 音から生気が抜ける。 耳障りな山と、個性を作る山は、実は同じものであることが多いのです。全部を平らにすれば安全にはなりますが、平板になります。

🔹 エネルギーが減る。 飛び出した部分が消えると音がおとなしくなり、結果としてミックスの奥へ下がっていきます。

🔹 別の問題を覆い隠す。 マイクの位置や部屋の状態が原因で起きている問題をプラグインで覆えば、根本の原因はそのまま残ります。

💡 ここが要です — この処理は音を良くする道具ではなく、痛い場所を消す道具です。判断基準は「良くなったか」ではなく「耳が痛くないか」であるべきです。

⑦ プラグインより先に試すこと

最後に順番を整理しておきます。下の順に進めば、プラグインを使わずに解決することも多いはずです。

🔹 ひとつ — マイクの角度と距離を変えてみる。 歯擦音は、マイクを口の正面ではなく少しずらして置くだけで目に見えて減ります。録り直せる状況ならこれがいちばん速い。

🔹 ふたつ — 問題の箇所だけ手で下げる。 歯擦音が5箇所しかないなら、その5箇所の音量をオートメーションで少し下げるほうが、どのプラグインより自然です。時間はかかりますが、結果はいちばんきれいになります。

🔹 みっつ — ディエッサーかダイナミックEQを浅くかける。

🔹 よっつ — それでも残るなら、自動抑制の道具を検討する。

🙋 よくある質問

Q. ディエッサーはコンプの前ですか、後ですか?

たいていは後が向いています。コンプが全体を押し上げると歯擦音も一緒に大きくなるからです。押されたあとの結果を見て処理するほうが、結果を読みやすくなります。

Q. レゾナンス抑制をマスターにかけてもいいですか?

可能ですが慎重に。マスターにかけると全楽器へ同時に働くので、曲全体のエネルギーが抜けやすくなります。問題のあるトラックへ個別にかけるほうが安全です。

Q. 部屋のせいで出る低域のレゾナンスもプラグインで取れますか?

録音に残ってしまったぶんは、ある程度減らせます。ただし今聴いているスピーカーの前で部屋が作っている鳴りは、プラグインでは解決しません。それは録音ではなく聴く環境の問題なので、吸音材やスピーカーの位置で取り組む話になります。

Q. どれくらい削るのが適当ですか?

メーターで-3〜-6dBのあいだがおおむね無難です。それ以上入れないと良くならないなら、素材か録音そのものを見直すほうが早いでしょう。

Q. 自動の道具を使うと上達しないのでは?

道具を使う前に、問題の帯域をスイープで一度探してみてください。自動でかけるにしても、どこが問題かを知ってかけるのと知らずにかけるのとでは違います。分かっていれば、次からは録音の段階で先回りして避けられるようになりますよ。

📌 ひとことでまとめると

耳障りな音は常にあるのではなく、ときどきあります。だから静的EQで床を削ると、問題と一緒に生気まで消えてしまう。飛び出したときだけ押さえる処理に変えれば、声を痩せさせずに痛い場所だけ取り除けます。

みなさんは歯擦音をどう処理していますか。私は最近、録るときのマイクの角度から手を付けるようになりました。コメントで教えていただけたら一緒に考えてみたいです。

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